ぼく |
「このセカイで、ぼくと少女はひとりぼっちだった」 |
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第1場 夜 |
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(雨が降っている。腐敗した臭い。錆の臭い) |
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ぼく |
「右腕部関節一部損壊。左脚部一部損壊。電脳回路一部損壊。復旧活動エラー、エラー、
エラー、エラ・・・・・・エ・・・・・・ラ・・・・・・ラ・・・・・・。────そっか、ぼくの役目は終わったんだね。
あとはただ、終わりが来るのをじっと待つだけ、か」 |
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(ゆっくりと眠りにつく) |
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少女 |
「ねえ」 |
ぼく |
「・・・・・・」 |
少女 |
「ねえってば」 |
ぼく |
「・・・・・・ん・・・・・・だれ?」 |
少女 |
「あ・・・・・・その、気が付いた?」 |
ぼく |
「・・・・・・だれなの?」 |
少女 |
「え、あの、わたしは──」 |
ぼく |
「ぼくを処分しに来てくれたの?」 |
少女 |
「え? わたしは、そんなことしないよ?」 |
ぼく |
「そう」 |
少女 |
「えっと、あなたは、その・・・・・・」 |
ぼく |
「ぼくは育児用補助ロボット。製品コードはPT03・・・・・・いや、違った。ぼくは、ただのがらくた」 |
少女 |
「・・・・・・」 |
ぼく |
「君はここでなにをしているの?」 |
少女 |
「わたしは、なにもしていないの。なにもすることがないの」 |
ぼく |
「・・・・・・」 |
少女 |
「あなたは?」 |
ぼく |
「ぼくは、なにもする必要がなくなった。これからぼくは、待つことにするんだ。終わりを迎える日まで」 |
少女 |
「壊れちゃうまでってこと?」 |
ぼく |
「少し違う。ぼくは既に壊れているから」 |
少女 |
「わたしとお話ができるのに?」 |
ぼく |
「ぼくの役目はもう終わったんだ。だから、機能が停止するまで、眠っていたの」 |
少女 |
「えっと、つまり、いまはなにもしなくていいんだよね? それじゃあ、一緒に遊ぼう?」 |
ぼく |
「ぼくのパーツは断片的に破損している。だからぼくは君を満足させることができない」 |
少女 |
「そんなのわかんないよ! ねえ、遊ぼう!」 |
ぼく |
「でも、ぼくは──」 |
少女 |
「ほら、立って!」 |
ぼく |
「あ・・・・・・」 |
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(腕を引かれ、ロボット、その場に崩れ落ちる) |
少女 |
「あ、ごめんね・・・・・・」 |
ぼく |
「ぼくはこんな身体だから、君と遊ぶこともできないんだ。ごめんね」 |
少女 |
「・・・・・・それじゃあ、お話しよう! なんでもいいから! えっと、そうだなあ・・・・・・」 |
ぼく |
「いいよ。ぼくは、このまま眠っていたいんだ」 |
少女 |
「・・・・・・そんなこと・・・・・・言わないでよ」 |
ぼく |
「?」 |
少女 |
「わたし、ひとりなの」 |
ぼく |
「それがどうかしたの?」 |
少女 |
「不安なの! さみしいの! ここには話し相手なんてひとりもいないの。もう、ずっと。だから・・・・・・」 |
ぼく |
「どうして泣いているの?」 |
少女 |
「どうしてか、わからないの?」 |
ぼく |
「ぼくにはそういった感情がインプットされていないから、よくわからないな。
言葉で説明されれば覚えることはできるよ」 |
少女 |
「そう、なんだ。なんだか、かわいそうだね」 |
ぼく |
「かわいそう?」 |
少女 |
「だって・・・・・・ううん、その方が幸せなのかもしれないね。
悲しいとか、怖いとか、不安だとか、そんなこと思えない方が、幸せに生きられるのかもしれないなあ・・・・・・」 |
ぼく |
「人間の感情についての葛藤というものだね。
ヒトはよく感情について考えたりするらしいけど、
その『葛藤』ってものが、ヒトがヒトとして在る証明だって、ぼくは認識しているよ」 |
少女 |
「あなたが言っていること、難しくてよくわかんないよ。ねえ、あなたはなにかしたいこととかないの?」 |
ぼく |
「ぼくにはその権利がない。ぼくは人に尽くすためだけに生まれた。
だからそれができなくなったいま、ぼくはもう生きる価値がないんだ。
機能が停止するまで、待つしかないんだ」 |
少女 |
「なんで・・・・・・? どうしてそんなに悲しいことが言えるの? 死んじゃうってことでしょ?」 |
ぼく |
「それがぼくの役目だからだよ」 |
少女 |
「それでもだよ・・・・・・。死んじゃうってことは終わっちゃうってことなんだよ?
終わっちゃったら、もうなにもできなくなっちゃうんだよ?」 |
ぼく |
「だけど、なにもできないから」 |
少女 |
「できるよ! いまだって私とこうしてお話してくれてるよ!
私はもっと・・・・・・あなたといたいよ・・・・・・」 |
ぼく |
「ぼくが必要なの?」 |
少女 |
「うん」 |
ぼく |
「満足に歩くこともできないよ?」 |
少女 |
「急ぐ必要なんてないよ」 |
ぼく |
「視界もなんだかハッキリしないし」 |
少女 |
「余計なものを見なくていいじゃない」 |
ぼく |
「頭だって少しへこんで、ぶさいくだ」 |
少女 |
「ユニークな形だよ」 |
ぼく |
「君は変わってるね」 |
少女 |
「変わっててもいいもん。ねえ、一緒にいてくれる?」 |
ぼく |
「そうだね。君がぼくを必要としているなら、ぼくはそれに応えなければいけない。
でも、さっきも言ったけど、ぼくは君を満足させられないかもしれないよ?」 |
少女 |
「いいの! ・・・・・・そばにいてくれるだけでいいの」 |
ぼく |
「そう。なら、これからよろしくね」 |
少女 |
「うん、よろしく!」 |
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(少女、あくびを漏らす) |
ぼく |
「眠いの?」 |
少女 |
「久しぶりにはしゃいだから、疲れちゃったのかな?」 |
ぼく |
「今日は眠るといいよ」 |
少女 |
「そうするね」 |
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(少女、ぼくの隣に腰を降ろしてよりかかる) |
少女 |
「ねえ、起きたらいなくなってたりしないよね?」 |
ぼく |
「しないよ」 |
少女 |
「よかった・・・・・・」 |
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(少女、ゆっくりと目を閉じ、ぼくにもたれ掛かる) |
少女 |
「冷たい」 |
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第2場 朝 |
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少女 |
「・・・・・・うぅ・・・・・・ん・・・・・・」 |
ぼく |
「おはよう」 |
少女 |
「ん・・・・・・おはよう。・・・・・・・・・・・・!」 |
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(少女、突然立ち上がり辺りを見渡す。緊迫した表情。一通り見渡すと、表情を戻し、息をついて再び座り込む) |
ぼく |
「どうしたの?」 |
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少女 |
「・・・・・・」 |
ぼく |
「?」 |
少女 |
「・・・・・・ねえ。どこか遠くへ行かない?」 |
ぼく |
「遠くってどこへ?」 |
少女 |
「どこでもいいの。ここでないどこか」 |
ぼく |
「行ってどうするの?」 |
少女 |
「わからないけど、行ってみたいの」 |
ぼく |
「・・・・・・君がそうしたいなら、ぼくはそれに従うよ」 |
少女 |
「・・・・・・あのね、従うなんて・・・・・・言わないでほしいな。対等でいたいの。・・・・・・友達になりたいの」 |
ぼく |
「友達?」 |
少女 |
「うん。わたし、友達いないから」 |
ぼく |
「ぼくもだよ」 |
少女 |
「一緒だね、ふふ」 |
ぼく |
「なにかおかしかった?」 |
少女 |
「なんでもない」 |
ぼく |
「?」 |
少女 |
「ねえ、友達になってくれる?」 |
ぼく |
「ぼくでよかったら」 |
少女 |
「ありがとう」 |
ぼく |
「どうしてお礼を言うの?」 |
少女 |
「うれしいから、かな?」 |
ぼく |
「うれしい・・・・・・。うれしい、か。ふふふ」 |
少女 |
「あなたも、うれしいの?」 |
ぼく |
「そうかもしれない」 |
少女 |
「ロボットも、うれしくなるんだ」 |
ぼく |
「そうみたいだね」 |
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(車のブレーキ音がふたつ。次いで車のドアが閉まる音) |
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少女 |
「ひっ・・・・・・」 |
ぼく |
「誰か来たみたいだね」 |
少女 |
「隠れて!」 |
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(少女、腰に垂れ下げていた大きな古布をふたりでかぶる) |
ぼく |
「どうしたの?」 |
少女 |
「ジャンクヤードの住人を捕まえに来たの。ここは人が住んじゃいけない場所なんだって。
毎朝ここに来ては、何人か連れていくの」 |
ぼく |
「捕まったらどうなるの?」 |
少女 |
「わからない。でも、きっと、自由にはなれない」 |
ぼく |
「・・・・・・でも、いまよりも良い暮らしができるかもしれないよ」 |
少女 |
「それでも、行きたくない」 |
ぼく |
「どうして?」 |
少女 |
「わたしは捨てられた子どもだもの。また捨てられるに決まってる」 |
ぼく |
「・・・・・・」 |
少女 |
「だからね、一緒にどこか遠くへ行こう?」 |
ぼく |
「・・・・・・うん。ぼくも君と離れたくない」 |
少女 |
「やった! 約束だよ!」 |
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(近くで人の走る音が聞こえる) |
少女 |
「あ・・・・・・!」 |
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(少女、とっさに口を手で覆う。足音は段々と近づいてくる) |
少女 |
「まずい・・・・・・!」 |
ぼく |
「見つかったみたいだね」 |
少女 |
「逃げなきゃ! あなたはここにいて。ロボットなら捕まることはないから!」 |
ぼく |
「・・・・・・」 |
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(少女、布の下から飛び出して走り出す。荒い息。瓦礫を崩しながら逃げる) |
少女 |
「嫌、嫌、嫌! 隠れなきゃ、どこか、どこか・・・・・・きゃっ!」 |
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(少女、足を踏み外し倒れる。瓦礫が少女の上に崩れる) |
少女 |
「あ・・・・・・」 |
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(しばらくして、人の気配がなくなる) |
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ぼく |
「うんしょ、うんしょっと」 |
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(瓦礫をひとつずつどかす。少女を取り出す) |
ぼく |
「見つけた」 |
少女 |
「・・・・・・う・・・・・・っ!」 |
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(少女の腹部から大量の血が流れている。次いで、吐血。ぼく、少女を抱き上げて壁にもたれ掛けさせる) |
少女 |
「あはは・・・・・・っ! わたしも、壊れちゃった」 |
ぼく |
「大丈夫?」 |
少女 |
「ちょっと、ダメかも」 |
ぼく |
「・・・・・・」 |
少女 |
「うぅ・・・・・・」 |
ぼく |
「動かないで!」 |
少女 |
「・・・・・・!」 |
ぼく |
「あれ?」 |
少女 |
「・・・・・・ごめんね」 |
ぼく |
「え?」 |
少女 |
「一緒に、いろんなところ、行ってみたかったなあ・・・・・・」 |
ぼく |
「・・・・・・い、一緒に行こうよ!」 |
少女 |
「うん」 |
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(ぼく、少女から少し離れて壁にもたれ掛かる) |
ぼく |
「・・・・・・まずはどこへ行く? 海? 山? 街? それとも、もっと違う場所がいいかな?」 |
少女 |
「わたし、お祭りに行ってみたいな」 |
ぼく |
「行こうよ。サーカスとか見てさ、ライオンが火の輪をくぐったり、ピエロがジャグリングしたりして、
初めて見るものばかりで、ぼくらは驚きっぱなしだよ」 |
少女 |
「ふふ、楽しそう。あ、わたし、綿菓子っていうの食べてみたいな。
あと、焼きそばと、たこ焼きと、リンゴ飴と、それから──」 |
ぼく |
「食べてばっかりだね」 |
少女 |
「えへへ・・・・・・。お祭りが終わったら?」 |
ぼく |
「そうだなあ、またお祭り!」 |
少女 |
「終わったのに?」 |
ぼく |
「ぼくらでもう一度お祭りを計画すればいいよ!」 |
少女 |
「あはは、忙しそうだね。でも、楽しそう」 |
ぼく |
「きっと楽しいよ」 |
少女 |
「うまくできるかなあ?」 |
ぼく |
「最初はうまくいかないかも。でも、きっと成功するよ!」 |
少女 |
「そうだね」 |
ぼく |
「それが終わったら、ええっと──」 |
少女 |
「いろいろ、やってみたかったなあ」 |
ぼく |
「・・・・・・そうだね」 |
少女 |
「隣に座ってもいい?」 |
ぼく |
「うん」 |
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(少女、体を引きずらせながらぼくにより掛かる。それにつられてぼくも少女により掛かる) |
少女 |
「・・・・・・ありがとう」 |
ぼく |
「うん」 |
少女 |
「ふふ、やっぱり冷たいな。でも、あったかい・・・・・・」 |
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(ふたり、ゆっくりと目を閉じる) |
ぼく |
「これから、どこへ行こう」 |
少女 |
「どこへでも」 |