題名  公開日   人数(男:女)  時間  こんな話  作者
 淡々七拍子 2013/08/31  2(1:1) 15分   ほぼ男台詞。つまずいても立ち上がれるさ  りり~

A  : 女
B  : 男
(A台詞極端に少ないです。すみません。長台詞は全てBです)


「淡々七拍子」


B  お先に失礼します


B) 今日も、定時で仕事終了。
   職務内容は、至って単純作業。
   でも、気を抜けば人の命に関わるものなので、気を緩めるときはない。
   そのため、仕事が終わればすぐさま自分専用のコップを洗い
   緊張の糸が解けた先輩方の談話を避け、真っ直ぐタイムカードを押しに行く。
   仕事以外の会話は基本参加しない。
   コミュニケーションの一環としては、先輩・後輩関係を構築するためには必要なのだが
   頭では分かっていても煩わしく感じる。


   お昼の時間は、前半と後半でメンバーを分けて食事を取る。
   その食事の後の些細な談話でさえも、疲労感は増す。
   だが、さすがに2人っきりになった場合は、話題をあら捜しし、喉の奥から言葉を押し出し会話を続ける。
   顔色を窺いながら、不機嫌にせぬよう食事も片手間になりつつ、話をする。
   話かけられれば話す。
   だが、こちらからは積極的にあまり話は振らない。
   そのため職場の人間には、少々無愛想な後輩にうつってるのかもしれない。


   ロッカーの前に立ち、すぐに着替えを済ます。
   ロッカーには鍵が一応あるのだが、盗まれても特に問題のないものしか持ってきていないため
   いつも鍵をかけずに扉を閉める。
   通勤は、20分ほどのところに自宅がある。
   余程の用事がない限りは寄り道をすることはない。
   衣服に気を使わないのもこのためである。
   「いい年なんだから、服装には気を使いなさい」
   という言葉を何人に掛けられたことかは数知れない。
   「大丈夫ですよ。きちんと外に出るときは、人に不快感を与えない程度に、服装は気を使っていますから」
   と返し、苦笑されることはもはや定番化している。


   自転車の鍵を回し、ロックをはずす。
   駐輪所から歩道まで手で押し、道に出る。
   左右に人がいないかを確認し、ゆっくりとペダルに足をのせる。
   夏の夕暮れ時の空気は嫌いじゃない。
   たまに空中で飛んでいる蚊の大群のかたまりを通り抜ける時は注意が必要なのと
   爽快に飛んでいるこうもりの頭突きをくらわないようにすれば、この熱い季節もいいものである。


   ペダルをこぎつつ、小さな池の横を通って帰る。
   池では、鴨やサギなどの水鳥で毎日賑わいを見せている。
   最近は日差しが強いせいか、亀が甲羅干ししている姿も見かける。
   ほっぺには赤い頬紅がついており、愛嬌のある姿だが、日本在来のものではない。


   夏の祭によくみかけるいわゆる金魚すくいの亀版で、動物愛護団体からの反対を避けつつ
   子供心をくすぐるせいか、今でもよく夜店に出ている。
   その時の亀が、ミシシッピアカミミガメ、通称ミドリガメという奴である。
   かわいいなと思い簡単に飼いはじめ、餌は何でも食べてすくすく育つ訳だが、寿命は長くて30年。
   しかも大きさは30センチほどになり、途中で手放す人が後を絶たない。
   身勝手な思いで飼い始められ、飼えなくなったから、殺すのは可哀そうだからと言われ皆水辺に放つのだ。
   その結果が現在の状況である。


   彼らが生きていた所に比べると、日本の生き物は脆弱なため、自然の摂理に従って淘汰されていく。
   それにより、外来種は全て害あるものと見なされ、今では駆除の対象である。
   ミドリガメにとっては、理不尽窮まりないことだろう。


   信号待ち。
   車から人を守るために設置されたガードレールが目に入る。
   そこに不自然につけられている複数のガーゼマスクが風に揺られて靡く。
   インフルエンザが流行りだした頃に、何となしに誰かが1つ、そこにつけた
   それを百舌のはやにえのように、皆が真似して付け出し、
   今となっては大量のマスクがくくりつけられたままとなっている。
   そしてその下には、前にはなかった煙草の吸い殻が山のように積み上がるようになった。
   犬の縄張り争いか何かなのだろうか。
   少しずつそれは増加していき、誰が片付けるということもなく、現在の飽和状態となっている。
   私も傍観者の一人としてその著しい変化を眺めていた。
   その光景を改善して変えようとしないのは、どこか人間としての、
   心の中の歯車が壊れてしまっているのかもしれないと思う。


   信号を渡ると、ファミリーレストランが見える。
   窓の奥から暖かな家庭を彷彿とさせるような、子供の笑顔がちらりと目にとまる。
   その隣の席で、テーブル席なのだがポツンと一人で黙々と食事を取る男性の姿もあった。
   食事を取っている最中なのだが、表情が固い。
   もう少し柔和な表情になってもいいだろうに。
   味がおいしくなかったのだろうか、何に不満げなのだろうか、何か深い理由があるのだろうか。
   そんなことを、数秒の間想像しながらも、あっという間に通過し、帰路につく。


   帰ってからシャワーを浴びて、すぐにもう一度自宅を出る。
   近所の女子高生の家庭教師をしているのだ。
   金銭をもらっているわけでもなく、ただの親の付き合い上、仕方なしに、流れでテスト期間前だけ教えている。



A  先生ってさ、夢あるの

B  夢?今仕事につけてるからもう達成してるかな

A  ちっがうーそれは叶ったことでしょ?そういうことじゃなくて

B  それはどういうことかな。んーなんだろうね

A  大人になったらそういう風になっちゃうの?みんな

B  大人、ねえ



B) 大人って何なのかという議題はよくあがる。
   どこからが大人?年齢?モラル、社会性?
   外見だけが年をとって、器だけが年老いて見えても、中身が、魂が育ってなければ、それは大人じゃない。
   仕事ができているからといって大人じゃない。


A  私さ、早く大人になりたいんだ、いっぱい勉強して、大学行って、就職して、結婚すんの


B) 目の前に座っている、にやりと屈託無く笑う少女が眩しく感じた。
   その姿は、夢と希望に満ち溢れている。


B  それじゃ、この問題くらいはさっさと解けないとね

A  うー分かってるよ、今頑張ってるところなの

B  はいはい。手伝うから、どこが分からないの


B) どうすればいいのか分からない。
   助けの求め方もわからない。
   足元からゆっくり砂になっていき、砂の粒が地面の中へ吸い込まれていくような、浮遊感。
   毎日が同じ日々の繰り返し。


A  先生?どこか体調悪い

B  え?なんで

A  なんとなくそう思っただけだよ。しんどいことがあったらいつでも言ってね

B  おいおい、何言ってんだ…


B) 不意に、頬に涙がこぼれた。
   突然の出来事で、自分自身も何が起こったのかわからなかった。
   急いで裾で拭き取るも、彼女にはばれてしまったらしい。


A  …大人にも色々あるのね


B) 笑い飛ばして、元気だして、などと言うのかと思ったが、そうではなかった。
   年は干支一巡り以上離れているこの少女に、心を見透かされているような気がした。
   そう考えると、なぜだか恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。
   少女の瞳は憂いを帯びていて、急に大人びた雰囲気を醸し出す。
   これくらいの年の女の子は、年齢を超越する思考力でも持ち合わせているのだろうか。
   それ以上は何も言わずに、彼女はその後も熱心に問題を解き続けていた。


   勤めだしてあと少しで3年。
   これでようやく、社会に染まりだしたと言われる境の年。
   最近の若者は、忍耐や我慢が足りない、と職場の人達が、話をしているのを聞いた。
   そういいながら、仕事を片手間にしつつ、雑談で盛り上がる先輩達。
   喉の奥から何かが出てきそうになるのを、ぐっと堪える。
   現実は、夢のように甘いものではないのは分かっている。
   …自分は忍耐が足りないのだろうか。


A  次のテスト、がんばるからね

B  うん…がんばれ


A  私には私の世界があり

B  私には私の世界がある



B) 次の日の朝。
   いつも通り、8時になる前に自宅を出る。
   通学の学生の波を掻き分け、自転車をこぐ。


   ふと、池の方を見ると、あのミドリガメが朝から甲羅干しをしている
   どうやら今日は、梅雨明け一番の快晴らしい。
   だが今日は、いつもと様子が違う。
   いつもの亀の隣にさらに小さな小亀が2匹いることに気付く。
   仲良く並んで、親子でひなたぼっこをしているようだ。
   生きていく場所など関係ない。
   必死に彼らは自分達の種を受け継ぐために、生きている。
   その日その日を、ただひたすらに、懸命に生きている。


   扉をゆっくり開ける。
   今日はいつもより10分早く着いたので、まだ誰も中にはいないだろう。
   だが、自分を奮い立たせるために、あえて前を向き、言葉にしよう。


B  おはようございます

A  今日も一日がんばりましょう


 
   
 
     
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