題名  公開日   人数(男:女)  時間  こんな話  作者
 淡々七拍子+  2(1:1) 15分   ほぼ女台詞。つまずいても立ち上がれるさ  りり~

A  : 女
B  : 男
(B台詞極端に少ないです。すみません。長台詞は全てAです)


「淡々七拍子+」


A  いってきます

A) 目を開けると、はじまるこの日常。
   ペダルに足を乗せ、ゆっくりと体重をかけて前に進み出す。
   自転車のかごの中でかばんに付けたお守りが振動と共に激しく揺れる。
   家の横にあるお墓の小道を通り抜けて、一方通行の道を逆走しながら自転車をこぐ。
   道には、ランドセルを背負って急いで走る小学生の姿が見えて、心が急く。
   朝の1分は夜の10分分くらいの価値がある。
   余裕を持って出発すれば焦ることもないのだけれど、なぜかいつもそれができない。
   ぎりぎり感を楽しんでいる節があるのかもしれない、何とも悪い癖だ。

   駐輪場に自転車を停め、正門の方へ駆け足で向かう。
   「急げー」と窓から顔を出して友人が手を振っている。
   朝の鐘のチャイムが鳴り響く。
   正門に並んでいる指導の先生達の制止を振り切り、ダッシュで駆け抜ける。
   チャイムが鳴っている間に教室に入ってしまえば、ぎりぎりセーフなので最後の力を絞りきる。
   学校の中心にある噴水を目にも止めずに、階段を駆け上がり、教室の扉に飛び入る。

   朝礼には校長の生のお経が流れるいわゆる仏教系の学校なのだが、
   おそらくクラスの大半はまじめに唱えていない。
   信仰心など全くなく、ただ入った学校がそういう風な学校だっただけであって、異質な空気にはもう慣れた。
   正門を通り抜けた先の頭上には観音像やら、定期的な礼拝や、授業科目に仏教がある所など多々みられるが、
   それ以外はいたって普通の高校である。
   木魚が一定のリズムを刻みつつ、眠気を増長させる中、私の一日は始まる。


   2学期の中間テスト前とあってか、授業中に寝ている生徒は少なめである。
   先生が熱心にテストに出るポイントを黒板にチョークを使ってすらすらと書いていく。
   綺麗な色合いで美しく書かれた内容も、黒板消し一つで一瞬で消えてしまう、儚いものである。
   チョークの黒板を擦る音を何度も聞いていると、背中がこしょばくなってくるが、それを気にしている場合ではない。
   急いで走り書きをノートに書き写す。
   全員が一方向を向き、同じような内容を書き写す作業に意味があるのかわからない。
   でもその動作をしていないと皆に遅れをとるような気がして、流されるように同じ行動をする。

   主体性もなく、同じように行動していることで安心感を得ているだけ。
   その行為をしたからって、すぐに頭に知識が入るわけではない。
   きちんと努力しなければいけない。
   将来のことを考えて、着実に成長する友人達をどこか遠目で見てしまう自分がいる。

   昼休みが始まる。
   食堂に向かう者、教室で机を囲み弁当を広げる者。
   一時の安らぎ。
   だが机の上にはオープンキャンパスと書かれた用紙が目に入る。
   自分の未来を見据えて、どの道を行くべきかを考える時期なのだ。

   テレビで就職率が落ち、実力ない奴は切り捨てられる時代だと、顔も名前もしらない有名人が言っていた。
   その実力とやらを身につけるために大学に入って、社会に出て、働いて、結婚して。
   そんなぼんやりとした自分の未来が、どこに着地するのかは今の頑張り次第らしい。
   教科書の中の偉人達も、その着地地点を見据えた上で正しい行動をとって生きて、讃えられてきたんだろうか。
   昔の縄文時代みたいに、生きることだけに必死だった時代の方が
   動物的な本能めいた生き方だったんじゃないのだろうか。
   そんなこと考えても、今の時代を生きる私には関係ないことだ。
   無駄な空想を繰り返す。ただの現実逃避。現代のワカモノ。
   それが私だ。

   帰りのチャイムの音が聞こえる。
   バスや電車で帰る友人達を見送り、駐輪所に向かう。
   自転車の鍵を刺したところで、妙なものが目に入る。
   ゴルフクラブが自転車に立てかけられていることに気が付く。
   なんでこんな所にと思いつつ興味半分で持ち上げてみる。
   ずっしりとした重量感があり、思わず身体の重心が傾く。
   すると見覚えのあるクラスメイトがこちらに寄ってきた。
   どうやら彼の持ち物だったらしい。
   彼が向かってきた先の方に目をやると、ゴルフの打ちっぱなしにある特徴的な網が張っているようだった。
   私の不思議そうな顔を見て、数ヶ月前に新しく新設された部活の練習場だと話してくれた。
   彼に手渡すと、ありがとうと一言言い残し、また元のところに戻っていった。
   スイングする音が静かな空間に鳴り響く。
   家に帰って勉強しなければいけないんじゃないのと不意に尋ねると
   今しかできないことを今してるだけだよ、と彼は微笑んで答えた。
   プロにでもなるのかと聞くと、まさかと言いながら大きく笑った。
   将来は家業のゴルフクラブを販売する会社に就職したいだけだよ、とあっさり答えるもんだから。
   こいつ無謀な夢追っかけてるんだな、何も考えていないんだろうな、と先ほどまで思っていた自分自身の心が
   ちっぽけな子供の驕りに思えて、とても恥ずかしくなった。


   家に着く。夜の7時ごろになると家のチャイムがなる。
   母の友達の息子さんで、テスト前だけ勉強を教えてもらっている。
   どうもいい大学出の人だそうで、分からない所を本当に分かりやすく説明してくれるいい先生だ。
   今はどこかの病院で働いていると聞いた。まさに夢に描いたとおりの理想の生き方をしている。
   今日も、仕事が終わってから家に来てくれたらしい。
   何でそんなにまっすぐ生きれるんですか、他のことには興味はなかったんですか。
   一つのことに熱心になれるんですか。
   どうしたら、夢ができるんですか。


A  先生ってさ、夢あるの

B  夢?今仕事につけてるからもう達成してるかな

A  ちっがうーそれは叶ったことでしょ?そういうことじゃなくて

B  それはどういうことかな。んーなんだろうね

A  大人になったらそういう風になっちゃうの?みんな

B  大人、ねえ


A) 夢がないまま、流れるようにして人生を決めようとしている自分。
   このままでいいのかわからない。
   先生のように正しく生きるためにはどうすればいいのかわからない。
   仕事を夢にすればこの悶々とした気持ちは拭われるのだろうか。
   言葉にすれば、それが夢になるんだろうか。


A  私さ、早く大人になりたいんだ、いっぱい勉強して、大学行って、就職して、結婚すんの


A) そんなこと本当は考えていない。何も考えていない。
   上っ面だけ虚勢を張る、空っぽの自分。


B  それじゃ、この問題くらいはさっさと解けないとね

A  うー分かってるよ、今頑張ってるところなの

B  はいはい。手伝うから、どこが分からないの


A) どうすればいいのか分からない。
   助けの求め方もわからない。
   指先から溶けていき、どこかへ流れ出てしまって、いつの間にか消えてしまいたくなる虚無感。
   毎日が同じ日々の繰り返し。


A  先生?どこか体調悪い

B  え?なんで

A  なんとなくそう思っただけだよ。しんどいことがあったらいつでも言ってね

B  おいおい、何言ってんだ…


A) ふと、気になった。最近、時折出るため息の回数が多くなっていた気がしたから。
   いつもよくある気のせいだと思ってた。でも、無意識に言葉にしていた。
   先生も私の一言で笑っている。何だやっぱり単なる私の勘違いじゃないか。
   でも次の瞬間、今笑っていたはずの、先生の瞳から何かが零れ落ちた。
   突然の出来事で、私も何が起こったのかよくわからなかった、が。
   隠そうとしても、紛れも無くあれは涙だ。


A  …大人にも色々あるのね


A) 正しく生きてきた人は、悩みなんか何もないと思っていた。
   いつも笑顔で、元気があって、要領よく生きているのかと思ったが、そうではないみたいだ。
   理性では判断しがたい苦しいことや理不尽なことがあるのだろうか。
   涙を出すことによって、人間は筋肉の緊張が解けて、弛緩すると聞いたことがある。
   先生は、少しはこれで肩の力が抜くことができたのかな。


   私の一言でこんなに人の心を動かすことができるなんて考えもしなかった。
   どれだけ先生は張り詰めた気持ちだったんだろう。
   見た目笑顔でも、実際内側で何を考えているかなんてわからないもんだ。
   自分自身のこともよくわかっていないのに、わかるはずもない。
   皆、同じなんだ。


A  次のテスト、がんばるからね

B  うん…がんばれ


A  私には私の世界があり

B  私には私の世界がある



A) 朝、駐輪場に自転車を止める。
   すると聞き覚えのあるスイングする音が耳に入る。
   皆が学校に来る前に、ここにきて練習するのが最近の習慣らしい。
   ゴルフは好き?と尋ねてみた。
   即答が返ってくるのかと思いきや、悩みこんだ表情をしているようだ。
   まずい質問をしてしまったのかと、私は動揺したが、彼はしばらくして口を開いた。
   実はゴルフをしたことがないのだと。
   自分がゴルフが好きなのかどうかもまだ分からないのだと。
   だから今も何も分からないのでとりあえずスイングだけをしているのだと、気恥ずかしそうに話した。

   どうりでゴルフクラブが重いはずだ。
   昨日父の本で調べたが、これはスイング用のものではない、パターだからだ。
   普通はドライバーという、もう少し軽いものでスイングを行うらしい。
   何も知識なく、ただ無我夢中に、彼は自分の人生を模索しているようだった。
   答えなんて、見つけるのはそう簡単ではない。
   人それぞれ自分のやり方で何かを見つけていくしかないのだ。
   自分で人生を選んでいくしかないのだ。


   扉をゆっくり開ける。
   今日はいつもより10分早く着いたので、まだ誰も中にはいないだろう。
   だが、自分を奮い立たせるために、あえて前を向き、言葉にしよう。


A  おはようございます

B  今日も一日がんばりましょう


 
   
 
     
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