題名  公開日   人数(男:女)  時間  こんな話
 点対称な女たち  2013/12/03  2(0:2) 25分  なんで被っちゃうんだろうね

A  : 女
B  : 女


「点対称な女たち」


B  あなたはこれ見てどう思う?

A  どうって言われてもね。丸と三角と四角が箱の中で移動しているだけにしか見えないわよ

B  分かっていないわね。いい?ここの動きをよく見てみて、ほら丸が三角に寄って行くでしょ?で、ここで三角が小さく上下に動く

A  あぁ、そうね

B  で、四角は端で動かない。ここまでは、見ても分かるわよね?

A  確かに、言われたらそういう風にも見える。でも、それが一体何だっていうのよ?

B  そこまで分かっていてどうして何も思わないのよ。
   脳の神経細胞がもうアルコール漬けになってしまって正常な判別ができなくなっているんじゃないの?

A  今日は飲んでいないでしょ?それに、あなたの方が私よりお酒の度数と飲む量は勝っていると思うけど?
   私の記憶違いじゃなかったら、
   ポーランド製のウォッカのボトルを先週の日曜日に一晩で流し込んでいたのはあなただったのではなくて?

B  あらあらそういってるあなたはウィスキーのボトルを2本空にしていたでしょ?

A  ふむ。だとしたら、純粋なアルコールの量としては私達は同じくらい摂取しているのかもね。
   じゃあお互いまだ脳の働きとしては問題ない程度の範囲ってことかしら

B  問題ないことを確認した所で、話は戻るけどこの図形がね

A  もう飽きたわ図形の話は

B  何言ってるのよ。まだ本題にも入っていないのよ?

A  急用だと言われて飛んで駆け付けたのにも関わらず、私の家に行こうって言い出すし。
   戻ってきたら、突然こんな下らない映像を見ろというし。
   わからないと返したら、もう一度見てみろの繰り返しでこれで何度目なの?
   いい加減にしてよ。もう私は学生の頃みたいに自由な時間が多いわけじゃないのよ

B  そんなこわい顔しないでよ。あなたが都市部の自動車エンジン開発部で毎日働き詰めで多忙ということは、確かに何度も聞いているわ

A  反対に、あなたは会社にも所属せず、その日暮らしをしていると聞いたわ。あなたは私よりも優秀よ。なのに一体全体どうしたのよ

B  謙遜はよして。社会に通用する能力と実力が足りていないだけよ。そして我慢強さもないときた。
   どこを見てそう考えたのか知らないけど、私はあなたには何一つ勝てる所はないわ

A  どうしたのよ。いつもの饒舌たる語り口は海の底にでも投げ込んでしまったの?
   ここは「私ほどの人間は他にはいないからね」と決め台詞を吐くところでしょ

B  それに対してあなたはこういうの。「あなたは本当に私の真似が好きね」ってね。
   いつもこんな調子だから、お互いのこと判りきっているもんだと思ってた。
   私がこういうとあなたはこう返し、考えは予想できる範疇だった

A  その過去を思い返すような言い草はどうしたのよ?図形のことに関して無関心な私を見て、あなたを苛立たせてしまったのかしら

B  いや私が悪いの。率直に聞けばいいことを図形を用いて、余計に話を複雑化させてしまっただけよ。
   難解な事態におとしめているのは、私自身の心の弱さが原因だからね

A  あなたらしくもない。私達の仲でしょ。とりあえずこれを飲んで心を落ち着けましょ?

B  ありがとう。ん…これは、いつもと風味が違うわ

A  新しい豆を挽いたのよ。5種類の豆を店の主人がブレンドしてくれてね。
   私が挽く時に、全ての豆が均等に入らないのもあって毎回味が違うのよ。ん…今日は当たりみたいね

B  おいしいわ。出無精のあなたが珍しいわね。いつもの近くにある豆屋以外の店に行くなんて

A  たまたま用事があったから寄っただけよ。良い気分転換になるの

B  ふーん。………ねぇ。この一輪挿し、どうして空のままなの?

A  花を挿していないからでしょ

B  そういう物理的事象めいた言葉を期待しているのじゃなくて、そもそもあなたが植物に興味を持っているなんて聞いたことがないんだけど

A  これもさっきの気分転換の一環よ。花は心を癒す力があると文献で読んだの。色、香りで脳が本能的に安らぐらしいわ

B  ふんふん…それで、この辞書や資料で埋もれたテーブルには似合わない一輪挿しがあるという訳ね。
   あなたは癒しを求めていたという訳なのね…ふーん。どうりで前よりお酒の量が減ったわけね、うんうん

A  お酒はあなたと同じ量昨日も飲んだでしょ?あなたこそ量が少し減ったんじゃないの?…さっきからあなたは何を勘繰っているのよ?

B  いえ?一輪挿しを見て少し考えていただけよ。この近くに花屋があったか、思い出そうとしていたのよ。
   最近は、なかなか頭の引き出しが自分の思い通りに開いてくれなくて困るわ。もう若くはないなってね

A  ……私も思い出したんだけど、一つ聞いていい?

B  かしこまってどうしたのよ。何かしら?

A  先週…日曜日に近所の靴屋で買い物してたのは…あなたで間違いない?

B  なんなの見かけたなら声をかけてくれたらいいのに。確かに私で間違いないわ

A  隣に男性がいたみたいだったからね。お邪魔になっちゃ悪いんで遠慮させてもらったの。一緒に靴を選んでたんでしょ

B  …まぁそうだけど。流行やら好みやらは私は疎いからね。手伝ってもらっていたのよ

A  手伝ってもらっていた?彼へのプレゼントを二人で一緒に決めていたんじゃないの

B  彼への…プレゼント?

A  いえ違うなら、いいのよ。うん。

B  ……ふーん。本当にあなたは判りやすい人間ね

A  何笑ってるのよ

B  失礼

A  ふん

B  彼、セクシーよね

A  ん…まぁ、後姿しか見てないけど、すごく落ち着いた佇まいの男性だったわ

B  本当に後姿しか見ていなかったの、あなた

A  …そうだけど

B  ふーん

A  …何が言いたいのよ

B  あなたが最近コーヒー豆を買いに行き出した店の近くに花屋があってね。彼そこの花屋のお坊ちゃんなのよ

A  そう……で?

B  で?

A  いつあなたは彼と寝たのよ?

B  …あらあら、あなたの目には、私がそんなに軽薄な人間の様に映っているのね

A  毎回会うたびに隣にいる男性が違うのだから。そう考えるのが妥当でしょ

B  あなたは大変誤解をしているようだけど、隣に並んで歩いているからといって私の「彼氏」であるという証明にはならないわよ

A  まぁその通りね。でも、残念だけど今の私には、あなたが必死に釈明会見をしているようにしか見えないのよ

B  あらそう…

A  …ごめんなさいね

B  ん?

A  これじゃただの八つ当たりだわ…どうにかしてるのは私の方よ。あなたは何も悪くない

B  そう…

A  …ごめんなさい

B  あの日ね

A  え?

B  あなたが靴屋で私と…彼を見た日

A  うん

B  誕生日プレゼントを探してたのよ

A  やっぱり

B  話は最後まで聞いてよ。女の子にはプレゼント何がいいんだろうと考えながらね、私は街を歩いていたの。
   いいの思いつかないなって悩んでいたら、良いコーヒーの香りがしてきてね。だからそこで休憩することにしたんだ。
   で、外出たら花屋があったから、あー女の子に花か、名案じゃない!と思って立ち寄ったのよ。
   でも花とかよく知らないから、店の人に相談しながら迷って、結局見た目綺麗だから赤いバラでいいかなって思ってたらね。
   店の奥からあの人が出てきてね「それ、ご友人にプレゼントするんですか?」って突然聞いてきたの

A  え?

B  とんでもない、これは妹にあげるのよって言ったら
   「それは、妹さんに対して向けるには、少し情熱的すぎるかな」って止められちゃってね。
   それから妹の詳しい話聞かせてくれって言われたから、次で18になって、来年からは一人暮らしする予定だって話したら
   「花じゃなくて、実用性のある靴なんてどうですか?」って言ってきてね

A  花屋なのに?

B  やっぱりそう思うわよね。花屋は花を売っての商売じゃないのかって話したら
   「プレゼントはその時その時にふさわしいものがあって、食べ物でいう旬みたいなものだから、
   そのタイミングが花になった時に、僕の店に来てくれたらいいんですよ」って言ってた

A  変わった人ね

B  うん。それでその後もね。
   花のことも詳しくない私に靴のセンスもないだろうって見抜かれて、妹のプレゼント探しに付き合ってくれていたという訳よ。
   人は良いんだけど、多少強引なところは花屋らしくないというか。不思議な人よね、ほんと

A  そうだったのね。で、あなたの妹には靴をプレゼントできたの?

B  えぇ渡したわ。こんな上等な革靴を私に?ってめちゃくちゃ喜んでくれてね。
   花と比べたら出費は大きかったけど、あの喜び様見たら、良い買い物だったわ

A  …それはよかったわね

B  この一輪挿し。彼の店に行ってるんでしょ

A  …ええ

B  最近行ったのは?

A  …先週の…いや忘れたわ

B  はー…先週の日曜日私たちを見かけてから出向いていないっていうことかしら。
   私と彼が恋人同士だと勘違いして、毎日働きづめだった仕事を有休とって悩んでいた、と

A  そう、かもね

B  否定しない、か……ねぇ、図形の話覚えてる?

A  え?ええ…

B  あれね、幼児の知覚テストに使われている映像なんだって。
   丸と三角と四角が箱の中にいて、丸が三角に寄って行く、三角が上下に小さく動いて、四角は端で動かない。
   この動きだけで、2、3歳くらいの子供は人間の関係性を想像するらしいわよ

A  図形が動いて移動しているだけなのに、そんな小さい子が人間の関係性を見出せるの?

B  動きや行動でどのように相手が考えているのかを、感覚で捉えて経験して学んでいく時期なんだって。
   赤ん坊の人形でお母さん紛いのままごとをするのもこれくらいの年よね。
   見て真似して学ぶのよ、やわらかい頭を持っている頃はね。
   ま、私達みたいなおばさんには、もう脳が凝り固まってしまっていて無機質な図形がただ動いているだけにしか見えないけどね

A  じゃあ、自分がやわらかい頭を持っていると思って考えてみるわよ。
   この丸と三角と四角が人であると考えて、これを見たらいいということよね。
   んー……それでもあなたが何を伝えたいのか、さっぱりわからないわ

B  この四角、誰かに似ていると思わない?

A  端で何も動いていないこの地味な四角よね…全く個性が見えないわ

B  個性が見えない…ね。
   アピール下手だしね、見ているだけでは何も変えることなんてできないのに、いつも外側で眺めているだけのようにも見えるわよね

A  え?

B  自分の想いを直接伝えることもできないまま、うじうじ悩んでるどこかの誰かさんにそっくりだって言ってるのよ

A  は?じゃあ何よ。この丸は、しつこく彼に付きまとっているだけじゃない。
   まるであなたのいいかげんな男癖を見ているようで頭が痛くなるわ

B  まだあなたみたいに部屋の端っこで何もしていない子より、はるかに良いんじゃないかしら?

A  …あなたが、こんなに回りくどく、単刀直入に物を聞けない人間だとは思わなかったわよ。
   分かりづらい上に、こんな無駄に頭を使わされて、全く不愉快だわ

B  熱くなっているのはどっちの方よ
   行動を起こそうともしないで、遠くで眺めているだけでいいとか考えてるのよね?
   そんなんじゃこの先の人生も一人寂しくロンリーライフで過ごしていくのね。笑っちゃうわ。
   まさか頭だけいい温室育ちのお嬢さまには、恋の仕方も分からないのかしら?
   そうだわ!私が夜の歓楽街へとご案内して恋の手ほどきを致しましょうか、お嬢さま?
   あなたなら誰でも選り取り見取りできるに違いないわね。まぁ、あの程度のレベルの男はそこらかしこにいるから安心して

A  いいかげんにして!!
   私のことはいくらでも卑下してもらって構わない。
   ただ、彼を侮辱する発言は、例えあなたであっても許さないわ

B  ふーん?どう許さないのよ?
   事実を述べているだけだというのに。真実を突きつけられるのがそんなに怖いの?
   どうしたのよそんな顔して。やけに難しい顔しているわね。
   その握り締めている拳が私に向けられるものだったら、私にとってはさらに大変な笑い話になるわね

A  これが笑い話に見えるのっ!!(B  の頬へ平手打ち)

B  (平手打ちかすれる)おっと…あらあら顔はよしてよ。顔だけが売りなんだから

A  その減らず口だまらせてあげるっ!(即座にB  平手打ち)

B  (直撃して)痛たた…んもう…やったわね(B  は手出しません)

A  顔だけで、肝心の頭は働かないような人間だもんね!あなたは

B  言うわねー
   じゃあこっちからも何度も言ってあげるわよ。あなたの耳が痛くなるまで言ってあげる!
   惚れた男に正直に自分の気持ちを何も伝えないまま、全部終わった気になってて、勝手に落ち込んでいる…
   そんなあなたが、ほんっと傑作で笑えて仕方がない。道化にも程があるわね

A  あんたって…人はっ!!(頬に一発平手打ち)

B  っ…くっ…ふふ…あはは…ほらどうしたの?もっとしないの?(笑い継続)

A  なによ?もっと叩かれたいのあなた

B  さぁね

A  どうしてこの状況で笑っていられるのよ

B  いや?その必死になっている姿が…実に滑稽にみえて。どうにもこうにもね。なんだかね…おっと
   (BがAをテーブルに向かって身体を押し倒す)

A  こっの!もう!もう!!どうしてあなたはいつもそうやって…なんなのよ!!(結構平手打ち連続叩いてる)

B  ……

A  この状況でどこ見ているの?どこまであなたは私を馬鹿にすれば気が済むのよ

B  ちょうど目の前に見えたから…。良かった…割れていないみたい

A  え

B  あなたにとって大事な物なんだから、こんなことで壊したくなかったの。はい、これ

A  …ありがとう

B  こういうものはこんな雑多な場所に置くよりも、美しさが際立つように整理された空間に置いてあげて

A  そうね。…そうするわ

B  手、止まってるわよ

A  え…あぁ…そうね

B  はぁ。さっきまでの気迫はどこにいったのよ…それとも、その今両手で握り締めている物のせいかしら

A  私はあなたへの怒りでいっぱいで、これになんて目にもくれてなかった。
   どんな状況でも…そうやって、容易く私の上を行くのよ

B  容易くあなたの上を行く人間が、こんな部屋であちらこちらの物が飛散する事態を作ると思う?
   ほら、さっきの衝撃であのおいしいコーヒー豆があらわな状態よ。
   ちゃんと蓋しておけばこんな可愛そうな姿にはならなかっただろうに、もったいないわね。
   開けたらすぐ閉める。基本的な行為よ?

A  そうね。気をつけないとね

B  ……少しはすっきりしたかしら?

A  え?

B  どうして私達はこうも違う人間同士なはずなのに、どうして趣味趣向は似てしまうんでしょうね
   考えや理念が全て一緒というわけではない。それでも…まさか、同じ「花」を好むようになるとはね

A  「花」ね

B  お互い偶然、同じタイミングで惹かれ合うなんて…ほんと滑稽な話。もちろん、自分を含めてね

A  …私はあなたが彼の相手なら、納得して、このことはなかったことにしようと思えていたのよ

B  そうやって自分の真意をそっと覆い隠す癖は変わっていないのね

A  本当に納得していたの。覆い隠しているわけではなく、きちんと考えた上での結論よ

B  そう。で?その結論が出ているというのに、そのあなたの曇った表情はどうしてなのかしら

A  わからない

B  わからない、ねぇ…

A  ただ…

B  ただ?

A  あなたが彼と付き合うと、私は大切なものが両方いなくなってしまう様な感じがして、想像すると胸が苦しくなるの。
   多分寂しいんだと思う。

B  あーあ、馬鹿ね

A  知ってる

B  あなたじゃないわよ。私が、よ

A  どうして?

B  あなたが考えたことを、私も考えていたからよ

A  まさか

B  笑い話だわ、ほんと

A  ふふふ

B  あーなんかどうでもよくなったわ。
   叩かれた頬の痛みのおかげで色んな所が麻痺してきたみたい

A  ごめんなさい、私のせいで…

B  でも、少しはすっきりしたでしょ?私の作戦が功を奏したなら、いうことないわね

A  ……まさか最初からあなたはそのつもりで…?

B  さぁね。どうでしょう

A  やっぱりあなたには敵わないわ


二人見合って笑い合う


B  やーめた

A  ん?

B  色々考えること

A  そう。じゃあ私もやめる

B  え?いいの、それで

A  このままの方がいいなって…変わらないままの方が私幸せだもの

B  そう…。…それじゃ、一緒にあの花屋行きましょう?

A  え?今から?

B  あれ。飾る花。ないと殺風景でしょ?

A  まぁそうだけど。いいの?

B  彼、今日仕事夕方までだって言ってたし

A  そう。じゃあ、軽く部屋片付けて準備しましょうかね

B  え?いいじゃない、このままじゃだめなの?

A  だめよ。ほら、早く手伝って

B  はいはい。日頃から片付けていない癖に、どうしてこのタイミングでしようと言い出すのかしらね

A  開けたらすぐ閉める、でしょ?

B  そうね。時間はあるからね。まだ一日始まったばっかりだし、とことん付き合ってあげるわ

A  せっかくの有休だしね。しっかりと付き合ってもらいますよ

B  それに汚い部屋だと、あの人文句言いそうだし

A  ん?何か言った?

B  何でもないわよ。この一輪挿し、玄関のところに置いておくわね

A  ええ。帰ってきた時に一番目に入る所にお願い

B  さぁて、どんな花に今日は会えるでしょうね

A  そればっかりは行ってみないと分からないわね

B  そうね。よしっ、これでいいかしら

A  それじゃ、いきましょうか。あ、そうだわ

B  ん?

A  えいっ(デコぱちっ)

B  痛っ!不意打ちは卑怯でしょ!

A  仕返し。結局私はあなたの手の平で転がされていた訳だからね。少しは予想の範疇外である、これぐらいのことして当然でしょ?
   あーすっきりした

B  さっき十分私の頬叩いたでしょ。痛たたた…全く…あなたは

A  ふふ、お互い様でしょ

B  ふふふ。ほんと、あなたには敵わないわ



     
 
           
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