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題名 |
公開日 |
人数(男:女:不問) |
時間 |
こんな話 |
作者 |
修理工とまじない屋の平凡な一日(時計編) |
2015/05/31 |
5(1:2:2)or4(1:2:1) |
70分 |
僕が修理できないものは、彼女の専門なんです。 |
りり~ |
サトル : 男 …依頼主。ケイの店に、時計の修理を頼みに来た。
ケイ : 不問(台詞少なめ) …修理工。手先が器用。
リサ : 女 …ケイの助手。まじないは使える。
モコ : 不問 …まじない師。リサに。こき使われている。
アケミ : 女(台詞少なめ) …サトルに時計を渡した人。過去に大切な人を亡くしている。
※ケイとアケミは、兼役できます(女性の場合)。
その場合は4人(1:2:1)です。
「修理工とまじない屋の平凡な一日(時計編)」
ケイ: これかな…?うーん、ここでもない。じゃあこっちかな?…あれ、違うや…。
…最初からどれがどこの位置のネジだったか、ちゃんとメモしておけばよかったな。うーん…
リサ: そんなに目を近づけて長時間作業していると、目悪くなっちゃうよ?
もうかれこれ3時間もにらめっこしてるみたいだし、少し休憩しましょ?はい、これケイさん
ケイ: お、ありがとう、リサさん。んー…いい香り
リサ: 搾り立てのレモン果汁を使ったから、きれいに気持ちもリフレッシュできると思うよ?
ケイ: そうだな…。それじゃあ、少し休みましょうかねっと
リサ: そうそう。少し休んでからの方が、仕事もはかどるよ。
それにしても、ずーっと昨晩から頑張ってる様だけど、今回のお仕事は、その子の修理なの?
随分、古い時計だね
ケイ: 手で毎日ゼンマイを巻かないといけないタイプの時計だね。
でも、ずっと大切にされてたんだろうね。このケースの銀の光沢がいい具合に擦れてて、綺麗なもんだ
リサ: 本当ね。それにしても…こんなにも手入れが行き届いてるのに、どこか悪いところでもあるの?
ケイ: それがね…時計の中身を分解してみたんだけど、今の所どこにも問題は見当たらなくって。
パーツの取り換えも行われていて、整備もきちんと受けているみたいだし、劣化している部分も見当たらない。
でもね。時計の針は、うんともすんともいわないんだ
リサ: どうして…
ケイ: わからない
リサ: うーん…もしかして、ケイさんの腕の問題なのかな?
ケイ: できればそうではないことを祈るけど。
うーん…何か別の原因があるのかな?
サトル:あ…すみません
リサ: いらっしゃいませ
ケイ: せっかく来てくれたのに申し訳ない話なんですが、すみません、まだ直せてないんですよ。
リサ: この時計の持ち主さん、かな?
サトル:はい。サトルといいます。
こちらこそ、昨日の今日に来てしまい、すみません。
やっぱり…直すの難しそうですかね、その時計…
リサ: やっぱりって?もしかして他でも頼まれたことが、あるの?
サトル:実は…はい
ケイ: 他の所でも、原因不明ってこと?
サトル:はい、中身はどこも壊れていないのに、動かすことができないって言われて…。
いろんなお店へ回ってはみたんですけど、全部お手上げでして。
…最初からお伝えせずにすみません
ケイ: そうだったんですか…。
うーん、じゃあ…別の方法で直さないと、その時計は動かない…か
サトル:何か方法があるんですか?
お願いします、どんな方法でも試してみたいんです。お願いします!!
リサ: …どうする?
ケイ: …そうだね。サトルさんに幾つか質問をしていいですか?
サトル:質問ですか?いいですよ
ケイ: この時計、随分年式が古いものみたいだけど、どなたかに譲ってもらったんですか?
サトル:この時計は、友人からの…プレゼントです。
あ、あのアンティークが好き…でして、それで…
リサ: 友人からの…なんだ?
高価そうなものだから、てっきり、恋人からの贈り物なのかと思ったのになー
サトル:彼女になる予定、だった人ではあったんですけどね。
…ちょっと色々訳がありまして、今はそういう関係ではなくて…
ケイ: 振られたんですか
リサ: ちょっと!ケイさん?!
サトル:お恥ずかしい話ですが、まぁ簡単に言えば、そういうことですかね…
ケイ: ちなみにそのお相手の名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?
元の持ち主の身元が分かれば、壊れた原因も分かるかもしれないし
サトル:…それは。実はね。僕も知らないんです
リサ: 知らないって…付き合おうとしていた相手なのに?そんなことあるの?
サトル:何度聞いても、名前、教えてくれなかったんですよね
ケイ: サトルさんは、それでもこの時計を、大切にしているんですね。
振られた相手からの贈り物なのに、捨てたいと思わなかったんですか?
サトル:僕は、別にその人のことを嫌いになった訳ではないですから。
それに、相手が嫌いだからといって、贈り物を無碍にはしませんよ
リサ: まぁ、時計に何も罪はないもんね
ケイ: その…プレゼントしてくれた相手には、今会えますか?
時計のことについて、少し話を聴きたいんですが
サトル:それは…ちょっと
リサ: 事情も複雑だし、さすがに会いづらいよね
サトル:……すみません
リサ: また明日こちらへ来てもらえますか?
時計を直せるかどうかは、まだわからないんだけど…。
一つ試したいことがあるので、ちょっとこの時計まだお借りしますね
サトル:試したいこと、ですか…?わかりました。
じゃあ明日…今日と同じ時間に、こちらへ伺うことにします
リサ: お願いします。
お店はクローズにしておくので、明日お越しになった際は裏口のベルで呼んでくださいね
サトル:はい。よろしくお願いします。それでは、また
リサ: …
ケイ: リサさん…何か、引っ掛かるところでもあったのかい?
リサ: そうね…とりあえず、その時計が動かない原因は、多分普通には起こらない…何か別の特別な力で起きているものだと思うの。
だから明日、確かめてみようかなって
ケイ: 部品や構造的な部分での修理は専門だけど、それ以外のことは僕には手に負えないからね。
リサさんに任せるよ
リサ: まっ、この時計には…『まじない』がかけられているみたいだから、
それがどの様な効果なのかが分かれば、話は早いんだけど。
ケイ: 『まじない』…ですか。そりゃ、僕の手に負えない訳だね
リサ: …時計をくれた本人と直接話ができればよかったのだけれど、サトルさんの話では、ちょっと厳しそうだし
ケイ: 振られた相手にはさすがに連絡取りづらいし、詳しく聞こうにも見るからに嫌そうな表情してたからなぁ
リサ: そうですね。
とりあえず、ここら辺りでまじないをかけれる人と言えば、一人しかいないし、そこを今晩当たってくるね
ケイ: 今からかい?先方もさすがにこんな夜遅くじゃ断られるんじゃないの?
リサ: だいじょーぶだよ。まじないごとでいつも迷惑かけられてる分、私が毎回解決してあげているわけだから。
あっちは逆らうことができないの!モコとはそういう契約だからねっ
ケイ: 信頼が厚いのか薄いのか…すごく曖昧だけど。あ、僕も付いて行こうか?
リサ: いえ、一人で大丈夫です。それに…ケイさん?苦手なんでしょ?モコのこと
ケイ: うーん…モコさん自身は、苦手ではないよ?
でもね、あの店の、おどろおどろしい雰囲気というか…。
いつもよくわからない色の液体をぐつぐつ煮てたり、変な呪文を唱えていたり…なんか怖いんだよね
リサ: まじないをかけるなら、まずは雰囲気づくりからだ!って言って、あーいうのわざと配置してるんだよ!
実際に使用しているのか、どうなんだか…
ケイ: はは…変わり者だね。噂通りの奇人だ
リサ: それでは、行ってきます。
今日中には帰ってくると思うけど、夜遅くになると思うので、先に寝てていいからね!
ケイ: はいはい、分かったよ。気を付けて行っておいで
モコ: 今日の気分は何色かなー?んーピンク色かなー?それともねずみちゃんだからネズミ色かなー?
えいっ!これでどう?気に入った?
あーでもなんだか、コンクリートに囲まれた部屋みたいで嫌だなー窮屈に感じるー。
じゃーこうだ、えいっ!
リサ: こんばんはー、って、うわ!!
モコ: ひゃっ!…やっばー…
リサ: …何をやってるのかなぁー?…来た途端に、この不始末…どうやら本当に怒らせたいのかな…私を
モコ: うわああ怒らないで…あ、ほらー?最近レインボーってブームじゃない?気分が高揚するっていうかー。
あれだあれだ!エーエー…ほら、レインボーショートダガーとか聞いたことない?
あ、マイナーだから分からないかもだけど、超流行ってるんだって!最先端!よっ!女前!
リサ: だからって…私の頭を…こんな色にしてくれちゃってね…モコぉおおおお!!
モコ: ごめんなさいごめんなさい、許してください!!リサさああん!!!
ほーらー…ネズちゃんもモコと一緒にごめんなさいぃいいい
リサ: ったく、えい!…これで戻ったかな?
…この悪趣味な部屋も、見飽きたから、少しは普通の部屋に整理し直したらどう?
モコ: おーぱちぱちぱち。元のきれいな黒髪にもどりました。
さっすが、リサさん。力は衰えていませんね。
こっちの生活に染まって、滅多に力を使う機会もないでしょ?
それでも維持できてるなんて、さすがのさすが!
リサ: 使わないでも十分生活できるからね。
そっちの方が健康的な生活になるよー?モコもいかが?
モコ: 僕は勘弁!この力がなかったら、ご飯も食べていけません!
だから、この店を開いているんです
リサ: あ、そうそう。そのことで、ここに来たんだった。
こーれ。モコ…この時計に見覚えない?
モコ: ん?時計ですか?…どれどれ、見せてみてください。
ちょっとーこちらのお家に移動しましょーね、ネズちゃーん
リサ: そのネズミ…モコのペットなの?
モコ: え?まさかー?全然違いますよ。
このねずみちゃんは、僕との約束を破ったお客様ですよー
リサ: …道理で…二本足で歩くねずみなんてわざわざ作る訳ないか。
ほんと、さらっとひどいことするね
モコ: ひどいことをしたのは、この人の方ですよ-?
なんか、彼女とねずみの国へデートするためにー、現地に緊急で送ってほしいって頼まれて。
朝から眠い眼を擦りながら、転送してあげたんですよ。 それで、デートはうまくいったーって言って。
代金の方は1週間以内に支払うって約束したのに、姿消してとんずらしようとしたんです!
リサ: …それで、皮肉も込めて、この、ねずみ…にしちゃったと…いう訳、か
モコ: かわいいでしょー?結構僕も気に入ってるんですよ?今日で21日目かな?
もうこの体も気に入ったんじゃないかな。あ、でも喋れないから、感想も聞けないなーハハッ
リサ: …いい加減に解放してあげなよ、彼女も探してるんじゃないの?
モコ: いや実は、彼女の方もこの店に、来たんですけどね。
こいつ探しにきたんだって思ったら、『しつこい男がいるから別れさせてくれ』って頼みにきまして…
リサ: あらあら…
モコ: 本人の意思でもう解除できるはずなんですけどね。
その現場を目の前で見聞きしちゃったせいもあるのか、自分で元に戻ろうとしないんですよ。
だから仕方なく面倒みてやってるって訳です
リサ: 意外と優しいところもあるのね
モコ: へへへ…あ、すみません、こいつの話なんか長々としちゃって。
えっとこの時計ですかー、うーん。
あれ?これ止まってるんだ…見覚えはあるんだけどなー
リサ: 時計が止まってて、元のように動かしたいっていう依頼主が来てね。
どう?何か思い出した?
モコ: ちょっと待ってください、忘れたときのために一応かけてあるはず。
しゅしゅしゅっと…解除っ!…えいっ!!
…あー、これ随分昔のものですね。だから忘れちゃってたのかー
リサ: 記録のまじないも同時にかけてあるのかー。ねぇねぇ?これを依頼してきた人って、どんな人だったか覚えてる?
モコ: 肌が白くて、透き通ってるんじゃないかってくらい綺麗な女性でねー。
時間跳躍の実験をしてた時期に会ったので、特に印象残ってますよ
リサ: モコ、また勝手にそんな実験!…まぁいいわ、今は聞かなかったことにしてあげる。
その人とは会える?少し話を聞きたいの
モコ: …んーどうだろう?時計動いていないし、今まだいるのかな?
今どうしてるのかまでは、さすがにこれだけだと分からないですね
リサ: その人と会ったのは、最近の話じゃないの?
モコ: んー…それは…どうでしょう?
リサ: んー?何だかすごく曖昧な返答ね。どういうこと?その時計にかけたまじないは、何なのよ?
モコ: それは、あれです。『時を止める』…と言いましょうか?
リサ: 時を止めるって…貴方、時間を弄るまじないはあれだけ使っちゃいけないって言ってるのに!
時を止めたから、あの時計も止まっている…そういうことなの?
モコ: 違います違います!あれは本来動いていなきゃいけない代物ですよ。
毎日手で巻いて、まじないの機能を果たすんです。
動き続けていないと、まじないは解けてしまいますよ。
それに時を止めるって言っても、世界軸の時を止めるわけじゃなくて、
あくまで対象者個人の時の進み方をちょこっと変えただけです!
リサ: それでも十分違法ものだけどね。
ん??ということは…その時計は動いてなきゃ、そのまじないも効果がないということなのよね?
それじゃ、その時計にかかっているまじないはもう解けてしまっているってことなの?
モコ: それがですねぇー。
なんかどっちともいえない状態みたいなんですよね
リサ: どうして?
モコ: 時計は、ゼンマイを巻くのをやめれば、まじないは解けて、時を止めることはなくなります。
その後は、普通の時計に戻って、動くはずなんです。
でも、それなのに…これは動いてない
リサ: 巻いても動かないし、中は問題ないってケイさんが言ってたし…やっぱり貴方の目から見てもおかしいのね。
それにしても、どうしてそんな依頼受けちゃったのよ?
モコにしては珍しいわね。何か弱みでも握られてたの?
モコ: それが…女性の依頼が『自分の年が進まないようにしてほしい』ということで…。
結構な大金を…えへへ。積まれてしまいましてね
リサ: この守銭奴が。
…えっと、それが…あの時計に込められていた、まじないなのね?
モコ: 時関係のまじないはあんまりしちゃいけないっていうのは、分かってはいたんですけどね。
旦那さんを早くに亡くして、その遺産があるとかで…
…それで…あのう…がっぽり支払うーって言われちゃうとね、えへへ
リサ: 本当にお金に目がないんだから…力を直接悪用しないだけ、まだ良心があったからマシな方だけど
モコ: えへへ…それで、彼女は時計の力を使って、自分の時間が進まないようにしていましたよ
リサ: うーん永遠の命…とやらに、興味があったのかな?…まぁ、人間らしい考えだけど…
モコ: いや、そういう命に対する執着というか…そういうのじゃなくて。
早くに大切な方を車の事故で亡くされてて…。
『亡くなった彼が、また戻ってきた時に、きれいな姿のままで会いたいから』と仰っていましたよ
リサ: 死んだ人間がこの世にそのまま戻ってくることなど、ありえない話なのに…。
健気な姿勢だとは思うけれど…止めなかったの?
モコ: 何がです?
リサ: そんな命を延ばす行為をしても、余計に旦那さんと会うまでの時間が遠のくだけだって、教えてあげなかったの?
モコ: まぁ教えてあげてもよかったんですけど…。
目の前に積まれたお金の山を見たら…そんな意思なんてぽーんっと…ねぇ?
リサ: 本当にモコは…。
とにかく、時計の力を使ったその女性はまだ生きてるのね
モコ: いやいや、しつこく言いますけど、これは動き続けてないとだめなんです。
ほら、あれでしょ?まじないは解けるようにも、しとかなきゃいけないので…。
今回はゼンマイを巻くのを止めたら、解けるようにしておいたんです。
あ…ちなみに、時を止めるって言っても、見えていないだけで肉体的な老化は進行しますよ?
外見的な老化の進行を止めているだけなので、寿命がきて、時計を巻けなくなったら、普段どおりの姿で最期を迎えます。
時計の秒針と命を繋いじゃいますので、媒介物の老朽化次第では、寿命がかえって縮む場合だってあります。
永遠、なんてものは、どこにも存在しません。
もちろん、このことは本人にも伝えています。
……で、本題に戻りますが…この時計は、既に動いていない。
もう分解までしちゃってるくらいですから、本当はまじないはとっく解けているはずなのに、普通の時計に戻っていない
リサ: …まだ、まじないの効果が途切れていない、ということなの?
モコ: おそらく…でも、普通はこんなことはありえません。
なぜそうなってしまったのか、僕にも教えてほしいくらいですよ!
リサ: やっぱりその張本人に会ってみるしか、原因は分からないってことかな?
モコ: 今の時計の持ち主は、何かこのことについて話していないんですか?
リサ: それが…話しづらそうにしているから、聞き出しにくいのよね…
モコ: ふーん。まぁ、聞き出しづらいなら、ちょちょい!ってやって口を開くように、リサさんがやったらいいじゃないですか?
リサ: そういうやり方は…本人が言いたくないのに、無理やり聞き出すのは、私の趣味じゃないのよ
モコ: 優しいなー。僕には優しくないのになー
リサ: ん?モコを今すぐ、時関係のまじないの規則を破った罪で通報しても良いんだけど?
モコ: ごめんなさいごめんなさい…っと冗談はさておき…。
明日、その人、この店に連れてきて下さい
リサ: …そうね。
そうした方が早そうだし、明日夕方頃に連れてくるわね
モコ: まじないの処理は、かけた者の役目ですしね!…ばれたら捕まっちゃうし
リサ: はいはい。じゃあ、また明日。
あ!それまでに、この物騒な部屋、普通に戻しておくのよ。
これ見て、逃げられたら意味ないんだから
モコ: わかりーましたーよー。ではまた
ケイ: あ、おかえり。思ったより早かったね
リサ: ただいま…って、夜遅くなるだろうから、先に寝てていいって言ってたのに
ケイ: まぁまぁ、僕が好きにやってることですから、気にしないで
リサ: うーん…
ケイ: はい。これ飲んで、少し落ち着いたら、もうお風呂入れてあるから、すぐ入って早めに寝るんだよ
リサ: もー分かってるよー…ありがとね
ケイ: ん?
リサ: 何でもないですー。そっちも早く寝ないと、明日仕事できないよ。寝ないとすぐ眼の下にクマできるんだから
ケイ: そうだね。じゃあクマができない内に、僕は先に寝るよ。一足お先におやすみ
リサ: おやすみー。……はぁ、おいしいなー。あ、よく見たらタオルまで用意してあるし。もう…ケイさんったら。
明日の準備してから、お風呂に入ってすぐ寝よう…っと
リサ: あ、いらっしゃいませ
サトル:どうも…
リサ: とりあえず、中に入って下さいー…と言いたいところなんだけど、今日はちょっと別の所で話を聞きたいので。
少し一緒にお時間よろしいですか?
サトル:え?…あ、はい、いいにはいいんですけど…。えっと…貴方と?ですか?
リサ: はい
ケイ: 僕は、今日はお留守番ですー。実は彼女も修理工でしてね。僕が修理できないものは、彼女の専門なんです
リサ: よろしくお願いします。リサ、と呼んでね
サトル:てっきり助手さんだと思っていました…。リサさん、今日はよろしくお願いします
ケイ: 彼女の方が、僕より腕が上だから心配しないでいいですよー
リサ: ケイさんっ
ケイ: ははは、それじゃあその時計直る事、祈ってますね。いってらっしゃい
サトル:はい…行ってきます
サトル:結構歩きますね…
リサ: 覚えられないように、わざわざ分かりづらいルートを通ってから来てねって頼まれてるからねー
サトル:え?それって…?
リサ: もう少しだよー。この裏路地に入ってから…あ、ここですここです。
ちょっと道が細いので、ちゃんと付いてきてねー
サトル:わかりました…って、え!ここ通っていいんですか?
リサ: ここ通らないと行けないのよねーよいしょ…っと!次どうぞー?
サトル:はい…
リサ: 怖いですか?
サトル:少しだけ…
リサ: 大丈夫だよ。あ、少し目瞑ってくれる?
サトル:え?ここでですか?
リサ: うん、ほらほら早く、3秒ほどでいいから
サトル:3秒ですか…はい
リサ: よし…えい!!…もう開けていいよ!
サトル:え?…あ、はい。……え?ここは
モコ: ようこそ、お待ちしていましたよ
サトル:さっきまで、こんな場所にいなかったのに…どうして?
リサ: 例のお客さんよ。おまたせー
モコ: バッチリ予定の時間通りです。それでは、中へどうぞ
リサ: よかった。じゃあ、入りましょうか
サトル:え?あ、はい…
リサ: 随分綺麗になってるじゃない。こんにちは、ネズちゃん
モコ: リサさん怒らせたら、後で怖い目見るので、ちょっとがんばっちゃいました。
ついでに、ネズちゃんの家もきれいにリフォームしました!
じゃっじゃじゃーんん!回し車付きで、メタボ対策ばっちり!いいでしょ!
サトル:あ、あのお…
リサ: ん?どうかした?
サトル:ここって…?
リサ: ここは、あなたの時計にかかったまじないをかけたお店よ
モコ: まじない屋へようこそ♪
サトル:まじ、ない屋?
モコ: お名前は?
サトル:え?
モコ: あなたの、なーまーえ
サトル:…サトルといいます
モコ: サトルさん、ね。
僕はまじない師をやっている、モコといいます。
よろしくお願いします
サトル:こちらこそ。どうぞよろしくお願いします。
モコ: 色んなまじないがあるんですが、その時計にかけたまじないは、時を操るものでね。
滅多にかけないまじないなんですが、
それが原因で動きが止まってしまったとお聞きして、サトルさんにこちらへ出向いて頂いた訳ですよ
リサ: 通常は解けているはずのまじないが解けていないせいで、その時計が止まっている可能性があるの
サトル:えっと…まじない…?それって、確か…『呪い』と呼ばれる類のものですよね?
モコ: そう呼ぶ人もいるね。人を幸せにするために、こっちは頑張ってるのに、ひどい言い様だと思わない?
リサ: どんな力が、どんな風に働くって、きちんと証明されていないことは、人にとって恐怖の対象でしかないから、仕方ないわよ
モコ: むー。世間の風当たりは厳しいなー
サトル:この時計に…その、どんなまじないがかかっているんですか?
モコ: とりあえず、サトルさん。その時計貸してもらっていい?
サトル:あ、はい…どうぞ
モコ: ふーん。ほんとに動いていないんだなー。
どれどれちょっと中を覗いてみようかな?
ねー?覗いちゃっていいですか?
リサ: まぁ、覗かせて頂くために、サトルさんを呼んだ訳だし…いいですよね?
サトル:え?…僕ですか?
リサ: そ。貴方のことです
モコ: 時計がどうして止まってしまっているか、ちょこっと過去を覗かせて頂きますよ?
いや、もしだめって言ってもするんですけどね、はい
サトル:わかりました…お願いします
リサ: 許可も取れたし、おっけー開けちゃっていいわよ
モコ: 了解です!よーしじゃあ、記憶の糸を解きたまえ!オープン!!
アケミ:)あの…こちらでまじないをかけてくれると聞いて、来たんですが…
リサ: これって…彼女が時計の元の持ち主さん?
サトル:…えぇ…そうですけど、なんですか?!本物?!
…って、あれ?違う。これって…透けてる…?
モコ: 本物じゃないですよー。ただの記録された映像です。
この時計自体が持っている記憶を再生しているだけですよ。
これは、彼女が僕の店に来たときの映像ですね。
もう少し前の…時計が見てきた、彼女の過去を見てみますか?
彼女が貴方に話すことができなかったことを、この時計は全部知っている
リサ: 完全に盗み見で、よくない行為だけど…。
彼女は、貴方のことを信用していたからこそ、その時計を託した…知る権利はあると思うけどなー
モコ: さぁ…どうしますか?貴方には選ぶ権利があります。知りたいか、知らないままでいいか
サトル:僕は……知りたいです…!
そして、知って、彼女に会って伝えたいんです!約束を守らなくて…ごめんって
モコ: …ではさらに奥深くの…記憶の扉を開けましょう。
この時計が見てきた…彼女の過去をさらに遡りますよ!
時の螺旋図よ、さらに深い過去の記憶に…巻きもどれ!!えい!!
アケミ:)…どうして………?
彼はどこにいったんですか…?
今日、あの場所で待ってるって約束してたのに…
サトル:これは…?
モコ: 彼女は待ち合わせの途中で、大切な人を失ったと言っていました。
その時の記憶ですね
アケミ:)彼はこちらに向かう際に、事故で…。
………そうですか。
え?これは何ですか?車内に残ってたんですか?
!!これは…………指輪…っ……そんな…、そんな…私…っ…
リサ: プロポーズする前だったのかな…。
そんな大切な日に…事故が起きて…この指輪を受け取る前に亡くなっちゃったなんて…運命とは残酷なものね
アケミ:)私に残されたのは…この指輪と…彼が誕生日にくれた、この時計…これしか私には残っていない。
…二人で幸せになれるはずだったのに…どうしてこんなことに…
サトル:…こんなことが、あったなんて…僕は、全然…
アケミ:)お誘いありがとうございます。
でも…私は…もう、誰ともお付き合いする気はありません。
平気ですから…仕事に戻ります
リサ: 一人で平気なはずないのに。
…まだ若いんだし、他の人見つけたらいいのに。
でも、彼女はそうしなかったみたいね
モコ: 想い続けることが美徳だと感じる人もいますから。
亡くなった人を想うより、当人の幸せの方を優先して生きるべきなんでしょうけど、なかなか難しい心情ですなぁ
アケミ:)こほっこほっ…こんなことで、まだ倒れるわけにはいかないのよ。
あの人が戻ってくるまで…私は待つって決めたんだから…
モコ: そして、この店に彼女は訪れた
アケミ:)私に、永遠の命をください。
あの人を待つためにも、今死ぬわけにはいかないんです。私は生き続けて、彼を待ちます
モコ: )事情は分かりました…。永遠の…とまではいきませんが。
あなたの時を止めるための媒介物として、その時計をお借りしてもよろしいでしょうか?
アケミ:)…それでも十分です。お願いします
モコ: )この時計は…手巻き式ですね。ちょうどいいや。
これは、貴方が毎日、ご自分の手でゼンマイを巻いてらっしゃるのですか?
アケミ:)そうです
モコ: )それなら安心だ。今から、この時計と貴方の命の間に楔を打ち込みます。
時計を巻き続ける限り、貴方は今のままの若い姿でいることができます
アケミ:)…良かった
モコ: )後、もう一つ…あなたが、もし、その姿を放棄したいと感じる時ができましたら、
時計のゼンマイを巻くのを、止めてください。
そうすれば、この時計は普通のものに戻り、あなたも通常の時間軸による寿命に戻り、最期を迎えることができます。
ただし永遠ではありません…姿だけが若いまま見えるだけで、元々のあなた自身の寿命がなくなれば…
自然とゼンマイを巻けなくなる場合もあります。
なにぶん、時のまじないは不確かなもので…そこはご理解願います。
アケミ:)分かりました…長い待ち合わせになる予定なので…。
そうする機会はないと思いますが…覚えておきます
モコ: )受け取っておいて、こんなことを言うのも何なんですが。
…本当によろしいのですか、こんな大金?
まだまだ長い人生に、なると思いますよ?
アケミ:)多少の身なりだけ整えるお金さえ手元に残っていればいいんです。
お気遣い、ありがとうございます
モコ: )そうですか…では、いきますね。
時を紡ぎし律なる魂よ、外成る器のこの時を点に定め、先行く未来を封じ込め給え。はっ!!
リサ: …そうして、彼女は永遠の命を手に入れたのね
サトル:そんな、夢みたいな話…。
それじゃあ…彼女は、ほぼ不老不死みたいなものじゃないか!
モコ: のんのん!永遠じゃないよ!
それに、巻くのを止めたら、簡単に戻せるものだから、不完全老不完全死だね!
リサ: 言いづらいし、分かりにくい
モコ: ちぇっ
サトル:そうであったとしても…僕が会った時、そんな普通の人と変わらなかったですし…信じられないです
モコ: 見た目は変わんないからねー。気づかなくても。無理はないよ。
それだけ僕の腕がすごいってこと!
リサ: はいはい、すごいすごい
モコ: 感情込もってないなー
サトル:もし、それが本当の話なら、僕は時計を巻くの止めてしまっているから…彼女は、もう…っ…。
…でも、そんな大切なものを、どうして僕に渡したんでしょうか?
名前も教えてくれなかったんですよ?信用されてないと思ってたのに…なぜ?
モコ: そこだよね!僕もそれが知りたいんだよ!
早送りーして探してみるよー!!
むむむむむ……。
っと、あ!あった!ここかな?
アケミ:)はぁ…。今日も…会えないか。ここで待ち続けながら、もう何度季節が巡ったのかしら…?
彼の記憶も少しずつおぼろげになっているような気が…だめね。私
サトル:)…あの?
アケミ:)…ん…。え…!!貴方は…
サトル:)突然すみません。えっと…誰かと待ち合わせですか?
アケミ:)あ、えっと…はい
サトル:)そんな驚いて…びっくりさせちゃいました?
アケミ:)少し…私の知り合いに…似ていたもので…驚いただけです
サトル:)その知り合いさんを待ってるんですか?
いつもここに座って、誰かを待ってるみたいだし。
あ、自己紹介してなかったですね。
僕、そこの大学の学生してます。
サトルって呼んでくださいね
アケミ:)……名前…まで、一緒なの…?
サトル:)どうかしましたか?
アケミ:)…学生さんが、私に何か御用ですか?
サトル:)毎日この場所通ってるでしょ?なんだか気になってしまって…。
大学の、あの…ここから見える…あそこ!あの窓から、ここがちょうど見えるんです。
授業中に、あなたの姿が見えて、いつも一人でいるから…今日声かけてしまいました
アケミ:)授業をまじめに受けていないのね、貴方
サトル:)そ、そんなことないですよー!きちんと単位は落とさない程度に、サボっているだけです
アケミ:)ふふふ…そう
サトル:)良かった
アケミ:)ん?どうしたの?
サトル:)なんかね?ほら…綺麗な人だから、こんな僕みたいな若造に話しかけられても、無視されるかなって思ってたけど。
こうやって話してくれて良かったなーってホッとしました!
アケミ:)私、そんな冷たい人に見えるのかしら?
サトル:)全然そんなことないですけどね!
あ、又、昼休みになったら、ここ来てもいいですか?
アケミ:)…え?…でも
サトル:)だめって言っても来ますけどね!
それじゃあ、またねーお姉さん!
アケミ:)え!ちょっと…。
はぁー…ふふっ
サトル:)お姉さんは誰を待ってるの?
アケミ:)大切な人よ
サトル:)ずーっと待ってるの?
アケミ:)ずっとよ
サトル:)よく飽きないね
アケミ:)もう慣れたからね
サトル:)ほんと変わらないね
アケミ:)変わる必要がないもの
サトル:)えー!普通変わるでしょ?!もっと自分のしたいこととかないの?
朝から日が沈むまで、ずーっと待ちぼうけなんて、退屈じゃない?
アケミ:)だって…どこに行けばいいか、ここにいなきゃ分からなくなるでしょ…
サトル:)え?それって…どういうこと?
アケミ:)…っ何でもないわ
サトル:)…又、教えてくれないんだ…
アケミ:)そういえば…大学はいいの?
サトル:)…あのさーお姉さん…まだ、僕のこと学生だと思ってるの?
アケミ:)え?違うの?
サトル:)はぁー…もう、3年前に卒業して、今はここの近くの会社で働いていますよー…
アケミ:)え?!そうだったの?おめでとう
サトル:)何度も話したんだけどなー…そんなに僕の話には興味ないんですかーショックだなー
アケミ:)ごめんね…、最初会った時、学生さんだったから、ずっとそんな感じで接しちゃうみたい
サトル:)ひどいなー…まだお姉さん若いのに、そんな早くからボケちゃってたら、ダメだよー?
あ、そういえば…お姉さんっていくつ?
アケミ:)…それは…
サトル:)だっよねー…聞いちゃいけないんだったよね
アケミ:)…ごめんね
サトル:)いいよ。聞いても答えられないって、だーいぶ昔に聞いたから、そこはあきらめてます。
だけど…ずっと何も、お姉さんのこと、僕が知らないんだなって思うと、ちょっと悲しいかな
アケミ:)サトルくん…
サトル:)やっと、名前呼んでくれた。
今日はまだ早い方かな?これもだいぶ時間掛かったんだもんなー。
それで…お姉さんの名前は、まだ教えてくれない?
アケミ:)よくもまあ…あきらめないで、そうやって何度も尋ねてくるのね
サトル:)ほめてほめて。
辛抱強さは人一倍あると思ってるから!
アケミ:)名前知ったって、何も変わらないわよ
サトル:)変わるよ!
僕とお姉さんの距離を少しだけ縮められると…思う
アケミ:)…
サトル:)僕達会って、もう何年経ったか知ってる?
お姉さんのこと、少ししか知らないけど、ずっとこうやってしつこく僕が来て、話してくれて…。
ちょっとはその距離縮まったかなって思ってるんだけど。お姉さん的にはどう?
アケミ:)私は…
サトル:)その時計、いつも見てるよね。
そんなに…大事なものなの?
ちょっと、僕にも見せてくれな…
アケミ:)っ、触らないで!!
サトル:)っ!!…ごめん
アケミ:)あ…いや…そんな…。
こちらこそごめんなさい
サトル:)…
アケミ:)……
サトル:)…急に時計触わろうとした僕が悪いよ。
本当に大切なものなんだね…。
…っ早く、彼氏さん、戻ってくればいいね!
アケミ:)え?
サトル:)それ、彼氏さんからの贈り物でしょ?後、指輪してるみたいだし。
ファッションで着けてるのかなって思ってたけど…違うよね?
ずっとここで待ってるのも、その人を待ち続けてるんでしょ?
さっきの反応で確信を得たというか…そんな感じがした
アケミ:)…私は…
サトル:)ちっ!当たりかー、きっついなぁ、その表情は。
…何年も粘って頑張ってきたのになー…くそぉ…これは、ほんときついや…
アケミ:)…ごめん
サトル:)今、ほんと無理…こっち見ないで
アケミ:)サトルくんっ
サトル:)お願いだから!中途半端な優しさは、今は…ごめん。無理だから、やめて。
…はは、我侭ばっかりだわ。これじゃ好かれないわー納得
アケミ:)………そんなことないよ
サトル:)…ありがと。気を遣ってくれてるんだよね…でも、今の、その言葉だけで、僕は十分幸せです。
あ、そろそろ帰る時間だよね?
…もう、そんな辛い表情させたくないし。
できるだけっ、ここに来ないようにがんばるから…だから最後ににさよならだけ言わせて
アケミ:)待って!
サトル:)…何?
アケミ:)この時計を…貴方に預かって欲しいの
サトル:)…どうして?大切な物なんでしょ?
アケミ:)そうね…これは、私の命みたいなものだもの
サトル:)…そんな物を、僕なんかに預けていいの?
アケミ:)…最近、この時計の…ゼンマイを巻くのが…ちょうど疲れてきていたのよ…。
それに…貴方だから…いいと思ったの。
……それだけじゃだめかしら?
サトル:)だめじゃない!…すごくっ…すごく嬉しいよ!
アケミ:)…そう、ならよかった。
これはね、手巻きの懐中時計なの。
毎日ゼンマイを巻かないと止まってしまう。
私は毎日…この時計を巻いてから、ここに来てたの。
だから、明日からは…貴方が巻いて
サトル:)分かった
アケミ:)それで…もし、貴方が私に会いたくなくなったら…巻くのを止めて頂戴
サトル:)え…?
アケミ:)それじゃ、私先に帰るね…またね。……サトルくん
モコ: …これは振られたのかなー?
リサ: 微妙なところね
モコ: この後、また会うことになった時は、彼女はどんな感じだったんです?
サトル:…実は、あれからずっと会えてないんですよね。
毎日、時計を持って、あの場所に行ったんですけど…それっきりで…
リサ: だから、店で聞いた時…今は会えないって答えていたのね
サトル:はい…
モコ: それから会えなくても、毎日健気に巻き続けていたんですか?
サトル:はい…でも
リサ: それなのに、何故巻くのを止めてしまったの?
サトル:それは…これを、この時計の中身を偶然見てしまって…
リサ: ん?時計の中身?…えっと、これは…愛別離苦…って書いてるの?どういう意味?
モコ: 仏教に言う八苦のひとつで、簡単に言えば離別の辛苦のことですね。
彼女の場合は…死別のことでしょうか?
サトル:その言葉を見た瞬間に、彼女には…心から愛する人がいたんだって…思って…。
それが彼女をあの場所に締め付けている原因なんだと思うと…悲しくなってしまって
リサ: その相手には、自分は勝てない…とか考えちゃったってこと?
サトル:そうじゃないんです…ただ…これを見てとても悲しくなって…それで…。
翌日、時計のゼンマイを巻く行為を止めました。
しばらくは、時計を見ずに…彼女がいつもいた場所にも近寄らないように、わざと避けて生活をしていました。
…僕は…真正面から本当の彼女のことを見つめることが怖くなったんです…
モコ: じゃあそれがきっかけで、時計は止まっちゃったってわけかー
リサ: 約束、破ったのね
サトル:そうなりますね。
…でも、ある晩、時計のチクタクという秒針の音が、聞こえた気がして。
…それで奥に閉まっていた…この時計を見ました。
すると、やっぱり時計は動いていなくて…気のせいだったんだって思いました。
巻いてもいない時計が動くはずないんですよね。
又、奥にしまおうとしたんですが…何か心に引っかかってしまって……不意にゼンマイを巻いてみたんです。
そしたら、時計が全く動かなくなってたので…壊れてしまったんだなって…。
同時に、彼女と…もう会えないんだって思ったら…急に不安になりました…。
ほんと、自分勝手なもので…
リサ: その後、修理工を巡るようになったってことか
サトル:はい。
どこに行っても原因不明と言われ、何も壊れていないはずのに動かない、お手上げだ、と
モコ: そのままあきらめちゃえばよかったんじゃないですか?
どーせ会えてなかったんだし、忘れちゃえば良かったのに
サトル:…忘れられなかったんです。
変ですよね…?
何一つ彼女のことなんて知らないのに…名前さえも分からないのに、いつも一緒にいて、安心できたんです。
もう振られたようなものなんですが…あきらめちゃ…いけない気がしたんです
モコ: では…サトルさんは、彼女にまだ会いたいんですね?
サトル:約束を破っておいて…まだ会いたいなんて言えるのかってのも…思うんですけどね。
…でも会いたいんです。ちゃんと彼女に会って、謝って…約束を……
モコ: …サトルさん?
サトル:…………
リサ: ん?…どうかしたの?
サトル:やく…そく…?
……………そうだ…。
あの日の約束を…僕は、ちゃんと果たさなきゃいけないんです!!
早く、早く会わないと…
リサ: 急にどうしたの?そんなに焦って
サトル:こんな大切なことを、今日の今日まで…忘れてたなんて、どうにかしてる。
お願いです!彼女に会わせてください!!
モコ: どうやら…決意が固まったようですね。
…彼女がいつもの場所に来なくなった理由も知りたいし。
きちんと話して、納得のいく別れ方しないとね!前に進めないよね!!
リサ: こら、別れる前提で話さないの!
モコ: 追いかけ続けることが良いとは限りませんからー?
ストーカー規正法だってちゃんとありますからー
リサ: あのねぇ…
モコ: とにかく、彼女が今どこにいるかを知る必要があるんですが…。
その前に貴方には、今回彼女がかけたまじないが、どのようなものかは先ほど軽く説明しましたけど…大丈夫ですか?
サトル:不老、不死…ですよね?
時が進まなくなるまじないだと
モコ: そうです。
それを記憶しているのなら…ある程度は想像はつくでしょうけど、確認を込めて再度言いますね
サトル:はい…
リサ: これを知って貴方は、さらに不安な気持ちが加速する場合もある。
それでも聞きますか?
サトル:教えてください…覚悟はできています
モコ: わかりました。
…時計の秒針の動きは、彼女の鼓動。
すなわち、秒針の動きが止まる時、彼女の命が終える
サトル:…はい
モコ: つまり…あなたが、時計を巻くの止めたとき、既に彼女はこの世には、いない
サトル:…っ!!
モコ: まじないは、作用・反作用の関係をきちんと構築しておかなければいけない。まじないは永遠のものではない
リサ: サトルさんが探している人は…もう
サトル:……覚悟はしていました。
そんな気がしてました。
出会った最初の時から、自分の手には届かないような…遠い存在で…。
でも、もう彼女が…この世にいない、だなんて…まだ信じれないです…
モコ: まだ…彼女に会いたいですか?
サトル:はい…彼女は自分の命を…僕に託した。
そして、僕がその命を終わらせてしまったのなら…。
僕は、彼女に対して、最大の裏切り行為をしてしまった
一言だけでいいから…ちゃんと謝りたかった…。
このままだと、本当に…苦しい
リサ: そう…
モコ: ………じゃあ、少しだけ、目を瞑ってください。
それで多分、全部すっきりしますよ
リサ: え?何をする気?
モコ: 少し…償いをしましょうかね、と思い立ちまして
リサ: え?
モコ: 今回は、僕が金に目がくらんでいなければ、こんなこと起きていなかったことでしょうから。
あれですよー?ボーナスタイムってところですかね?
サトル:ボーナス…タイム?
モコ: はい。しっかり覚悟は決めましたか?
最後のチャンスですよ!
男、決めるんですよ!
サトル:…はい
モコ: よし!
じゃあ目を瞑って、途中で開けたら全てナシになりますからご注意を!!
リサ: これは…!又こんなまじないをいつの間に!
モコ一体何をする気?!
モコ: 僕ね?この時計、本当にまじないが解けていたら、普通の時計に戻って、動いてなきゃいけないって言いましたよね?
リサ: そう言ってたわね。
ケイさんも、構造的には全て問題ないから、何もなければ動いているはずって
モコ: そうでしょー?
…でもね、実は、まだ僅かに、微かだけど、まじないの力が…残ってるのを、僕、感じるんですよね。
何の力なのか、この時計自体が辛抱強く粘っているというか、不思議、不思議
リサ: え?それってどういうこと?
もっと分かりやすく説明しなさいよ
モコ: んー…僕頭悪くてわかーんない!
リサ: あのねぇ…
モコ: あ、そう言ってる間に、そろそろですね!着きますよ!!
リサ: っ!!ここは…?病室?
…モコ?!まさか転送のまじないを…指定エリア外で使ったのね?!
モコ: しー!今は細かいことは気にしないの!夜だから、見回りも来ますから、お静かにー!
あ、サトルさん。もう、目開けてもらっていいですよ?
サトル:ここは…
モコ: 目の前にいる彼女、見覚えありません?
サトル:…え?…え!!まさか…
アケミ:……貴方は?
サトル、くん?…なぜ、ここに…
サトル:本当に…あのお姉さん…なのか?
でも、この姿は…
モコ: 正真正銘の貴方の探し人ですよ
アケミ:ああ…貴方は、あのまじない屋さんなのね。
お久しぶり…
モコ: お久しぶりです。
あの時とは、様子が変わっておいでで。
呼吸も苦しいでしょうに、よくここまで耐えてきましたね
リサ: どうして…?
アケミ:…私も分からないの。
どうしてまだ、生きていられるのか。
もうこんな姿で、医者からも、奇跡だといわれ続けて、何ヶ月経ったのかしら
サトル:僕が…あのゼンマイを巻くのを止めてしまったからっ
アケミ:貴方は何も悪くないわ。私が勝手にしたことだもの。
もうゼンマイを巻く力もなくなってきていたし…それに、ずっとこうなることを望んでいたんだわ
サトル:彼に…旦那さんに…会いに行くんですか?
アケミ:あら…知っているのね。
彼を随分待たせているのよ。
きっとそろそろ一人ぼっちで寂しがっているはず…
サトル:僕も…ずっと待っていました。
…寂しかった。
貴方があれから、あの場所に来てくれなくて…ずっと待ち続けて…それで
アケミ:…似てたのよ…あの人の告白に。
初めて会ったときから、あの人とサトルくんを重ねて見てしまっている私がいた。
そんな他の人のイメージを重ねるなんてこと、いけないことなのにね。
あの人を待ち続けるって、心に誓って、こんな身体になったのに、いつしか…君のことしか考えられなくなっていた
サトル:…僕もですよ。
貴方のことばっかり、ずっと…考えて、ほんとどうしてくれるんですか…
アケミ:貴方があの場所で私を見つけてくれて、私に色んなことを話してくれて。
…嬉しかった。
でも…私は…この時代の人間じゃない。
寿命を引き伸ばしているけど、中身は…今見えてる姿と一緒、ヨボヨボのおばあちゃん。
そんな私と貴方が一緒になれるわけがない…だから私は、あの日から会わないようにしたの
リサ: 彼のことを想う故に、自分から彼を避けたって事ね
モコ: そんなことなら最初から、話なんてしなきゃ良かったのに…
リサ: あのねぇ…
アケミ:その通りだと思う。
でも…サトルくんを見て『彼が迎えに来てくれた』って…思ったの。
だからつい、口が勝手に開いちゃった。
姿が彼の若い頃にすごく似てたから…そして、名前も同じだとか、本当に驚いたのよ?
サトル:…
アケミ:勝手に彼と重ねてしまってごめんなさい。
…私なんかじゃない…サトルくんはもっと…良い人を見つけて、幸せになって
サトル:僕は!!…君を愛していた。
…君があの場所で待ってくれていたおかげで、僕はまた会うことができたんだ。
昔…僕が約束を守らなかったせいで…君を…『アケミ』を!…苦しませてしまった。
……本当にすまなかった
アケミ:アケミって…サトルくん?
いつ私の名前を…?
………!!貴方っ…まさか?……本当に…
サトル:もう、待たなくていいよ?
どこにいても、どんな姿をしていても…君を見つけるよ。
だから、もっと…自由に生きて
アケミ:…ふふふっ…自由、か。
…寂しいね
サトル:僕も…寂しい
アケミ:……ふふふ、こんな風に…貴方と又、話ができるなんて……夢みたい…。
ほんと、生きてて…良かったなぁ
…今度もまた…サトルと…いっ…しょに……こうして……はなして、それで……それで………
サトル:………………?
…アケミ?
アケミ:…
サトル:!!アケミ!…アケミ!!
…………………アケミ…っ……
リサ: …あ
モコ: おっ…まじないが解けたみたいですね
リサ: 時計が…動き出した。でも、彼女は…
サトル:………僕のために…アケミは、色んなものを犠牲にして待ち続けてくれた。
僕がこうのんびりしてるから、アケミには随分長い間待たせてしまった。
でも…そのおかげで、アケミが待ってくれてたおかげで、僕は…彼女の最期を看取ることができました。
これでようやく…僕も前を向いて歩き出せます
モコ: 名前…思い出せたんですね…。
でも、サトルさんも、愛別離苦…寂しくないですか?
サトル:寂しいですよ…。
それでも、…きっと…また会えるって…信じていますから
モコ: ……そうですね。
それでは、そろそろ病室の巡回も来る頃でしょうし、元の場所へ戻りますね。
目、瞑っててください!…せぇーのっ!!
サトル:さよなら…。
またね、アケミ…
ケイ: それで、その後どうなったの?
リサ: サトルさんは、アケミさんのお墓参りにちょくちょく行ってるみたい。
今度は、僕が待つ番だからって。
何年、何十年、何百年かかるか分からないけど、待ち続けるって言ってた。
そんな奇跡滅多に起こるもんじゃないと思うんだけど…いいんです、って幸せそうに笑ってたよ
ケイ: そうですか。幸せの形は人それぞれだからね。
僕もその奇跡を祈るよ。
それにしても…時計を直すはずが、こんな二人の関係も直しちゃうなんて。
…今日は良い仕事をしましたね
リサ: おかげで、随分時間もかかっちゃって、私はもうくたくただけどね
ケイ: お疲れ様ですリサさん。
はい、ジンジャーティーです。
疲労回復に効果がありますよ
リサ: ありがとう。
この香り嗅ぐと……私、生姜焼き食べたくなっちゃう
ケイ: …明日の夕飯はそれにしますかね?
リサ: やった!ケイさん特製の生姜焼き!
楽しみだなー!!
宜しくお願いしまーす!
ケイ: ふふっ…明日はおいしい料理作って、のんびりしましょう。
久しぶりの休日だし、ね?
リサ: そうだった!ここんとこ仕事ばっかりだったもんね。
わーい!ひっさしぶりのお休みだ!
ケイさん!…いつも、ありがとね
ケイ: えへへ…こちらこそ…。リサさん、ありがとう
モコ: よいっしょっと。これで内装全部元通りっと!
いやぁー仕事がない時は、やっぱりこの禍々しい雰囲気の部屋の方が落ち着くなー。
あ、よしよし、ネズちゃんにご飯あげないと…って、あれ?ネズちゃんー?ネズちゃん?
…いない?もしかして、あの依頼人の話を聞いて、真の愛に心震えちゃったかな?
いや、待てよ。もしかして、病院に転送した時に、こっそりポケットに一緒に入れて連れて行っちゃってたから…。
気づかないうちに逃げちゃってたとか?!
うわーーーもし、それじゃ、あそこ病院だし、病院ってなんだか研究施設っぽいし、実験動物になってるんじゃー?!
ぎゃーそりゃ大変だ!!
……って…なーんだ、そこに居たんじゃないー!
あ、そういえば改装するから、移動させてたんだっけ…まぁそういうこともあるよね!
てっきり人間に戻っちゃったのかと…。
ずっと相手を待ち続けて、追いかけて…過去と現在の壁を越えた関係もいれば。
しつこいって言われてばっさり切られる関係もあって…。
いやー愛は不思議だね!色んな形があって、揺らぎつつも、絶対的なパワーを感じる!
ネズちゃんも、次の恋を見つけて、永く想いあえる愛に繋がるようにしなきゃね!
…ん?首を横に振ってるし…まだ傷心は癒えない、か。
いいだろー今日はもう閉店だ!僕が…サシ飲みして、慰めてあげよう!
じゃーん!!いっぱい今までの実験で作った…ほうら、色とりどりのドリンクの試作品があるよー?
え?何の実験の結果で、できたドリンクかは、飲んでからの…お・た・の・し・み!
じゃんじゃん飲んで、振られた心の痛みなんて忘れちゃおう!ね?ね?ね?ふっふふーん
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