題名  公開日   人数(男:女:不問)  時間  こんな話  作者
 The Earth Swallows A Swallow   2015/12/20  6(2:4)or5(2:3) 90分 俺は…落ちて、ないているヒューを…拾ったんだ  りり~



登場人物  性別 その他
 ヒュー(ヒルランド・ラスティカ)  純一には、小さな羽の生えた女の子に見えている。
 雨にぬれて、純一の住んでいるアパートの前で落ちていた。 
 南 純一(みなみ じゅんいち)  国家試験に落ち、バイトと予備校の往復生活で、一人暮らし中。
 試験に落ちてから、動物が人に見え、会話ができる様になった。
 長谷 真奈美(はせ まなみ)  純一の彼女。大学生の時からの付き合い始めた。社会人1年目。
 純一の所に、週1で仕事が休みの日に通いつめている。
 ヒューの姉  ヒューの家族の長女。大きな翼がある。
 ヒューの母(兼任も可)  ヒューの母親。 家族のことを大切に思っている。
 真奈美の父  真奈美の父親。真奈美と純一のことをいつも見守っている。
 真奈美の母(兼任)  真奈美の母親。心配性。
 医者(兼任)  病院の院長。山畑朋光(やまばたともみつ)先生。
 受付嬢(兼任)  病院の受付嬢。


配役表

A   ♀    ヒュー(ヒルランド・ラスティカ)
B   ♂    南 純一
C   ♀    長谷 真奈美
D   ♀    ヒューの姉・受付嬢
E   ♀    ヒューの母・真奈美の母(※Cと兼役可)
F   ♂    真奈美の父・医者



※注意!!

病院のシーンでは、D:受付嬢、F:医者で。
純一の回想のシーンでは、E:真奈美の母、F:真奈美の父でお願いします。



6人(2:4)台本ですが、

CとEを兼任した場合は
5人(2:3)になります。





The() Earth(アース) Swallows(スワローズ) A() Swallow(スワロー)



B   ふぅ…疲れたー。今日のバイト長かったなー。
    毎日毎日、よくもまぁこうやって、新しい夫婦がどんどんできていくもんだな。
    ま、俺は、カメラの趣味あったおかげで、この仕事にありつけてるから全然ありがたいんだけど。
    どっかの国のジューンブライドって言葉があるおかげで?
    こうやって…こんなに雨が多く降ってても、毎日バイトが埋まって助かるよ、ほんと。
    ま、それもあと数日で終わりだけど。
    あーあ…又、空いた日、埋めるためにも、別のバイトを探さないと…

A   助けて…

B   ん?なんだ…?誰かの、声が聞こえたような…?気のせいかな?

A   誰か…助けて

B)   今にも消え入りそうな声だった。でも確かに聞こえた。
    雨が地面を跳ねる音と重なって、一層聞こえにくくはあったが、俺はどうしてか自然と…その声の方へと歩みを進めていた。

B   気のせいじゃなさそうだな…あっちの方からか?…って、あれ?ここって…俺の住んでるアパートじゃん

A   誰かっ…助けて…っ

B   お前…こんな所で…そんなにびしょ濡れで…どうしたんだ?

A   え?人間…?

B)   姿は小さく、小刻みに寒そうに震えている彼女が、そこにいた。
    そして同時に、黒い瞳がこちらを、じっと見て、俺の存在を見つけたのが分かった。

A   あなた…私の話してる言葉が分かるの?

B   ん?あぁ…そうだけど…?

A   …。私、この上から、落っこちちゃって動けなくって…一日中誰も見つけてくれなくて、この有様よ

B   上って…アパートから?…まさかこの上から落ちてきたっていうのか?

A   飛べると思ったんだけど、失敗しちゃった

B   飛べるって…お前死ぬつもりだったのか?

A   …馬鹿言わないで、そんな訳ないでしょ?
    …怪我して動けないの。このままじゃ寒くて本当に死んじゃう

B   そんな格好で、こんな雨の日に何してんだよ…?
    それに…背中についてるソレは…どうみてもおかしいし

A   私から見たら、あなたの方がよっぽど変だけどね…。
    こうやって話せてること自体、普通じゃない…けど、今はそんなことどうでもいいの。
    お願いだから…どこか温かいところに…

B   変って…?…あ。あー…分かったぞ?そういうことか…ええっと…かばんの中に…っと…あった、あった。
    ちょっとカメラ撮るぞ?

B)   心当たりがあった。最近俺の頭がおかしくなってるせいで、近所でも変な目でみられてる。
    だって仕方ないだろ?…普通に、人間みたいに見えて、話せるんだから。
    周りに言われなきゃ、全然気づかないくらい、人間そっくりなんだから。

A   ねぇ、何してるの、早く私を…

B   よし、撮れた!ちょっと待って、カメラ確認するから、あ、あー…やっぱり…か。
    俺の頭、まだどうにかしちゃってる…。
    しかもそれに気づかないとか。普通にお前のこと人間だとばかり…。
    試験落ちてから、本格的に俺の頭やばくなったのか…?
    はー…

A   あー!!もう!一人で何納得してんのよ!
    助けてくれるって思ったら、ブツブツ言って、さっきから私のこと無視してばっかりだし!
    早く暖かい所に連れて行ってくれないと…もう私、本当に…死んじゃう…よ…っ

B   え!!ちょっと!!おいおいマジかよ?
    !!…ほんとだ。こんなに冷たくなってる。
    とりあえず…家に連れて帰るしかないか…。
    明日はあいつがくるっていうのに…でもこのまま放っておく訳にもいかないし。
    うーん……仕方ないか


***


B   家着いたぞー?とりあえず、これで身体拭いてっと…。
    んでこれ羽織って?…よし。はい、ホッカイロも使って。
    後、お前。これ、食えるか?

A   …食べたくない

B   こんな時間にお前が食えそうな物、探すの苦労したんだから。
    そんなこと言わないで、食えよ

A   水ちょうだい。のどかわいた

B   分かった。ちょっと待ってろよ?

A   …………

B   お…少しは食べたのか…

A   これおいしくない。何よこの味?

B   バランス考えて買ったんだぞ?

A   最悪

B   でも食べないと、回復しないよ

A   ……

B   ま、今日は寝ろよ。疲れてんだろ?

A   …うん。疲れた…な…………すーすーすー…

B   っておいおい…しゃべってる側から、もう寝てるし。ほんとに疲れてたんだな。
    ……。
    はー…何やってんだか…。
    でもあんな所で、弱ってるの放置なんてできないし。
    こんなことやってる余裕ないのになぁ俺…はぁ。
    俺の頭がおかしいせいで…こいつの見た目、こんな風に見えちゃうもんだから…余計にな…。
    とにかくそんなことより…今晩中に、課題早く終わらせなきゃ…。
    じゃないと、先生にまたギャーギャー言われて、ドヤされるな。
    でも、今日は、ちょっと…いつもよりバイトが長引いたから…俺も疲れ、て……すーすーすー…


***


C   おーい。純一?いるんでしょー?起きてる?

B)   朝。けたたましいドアのノック音で目が覚めた。
    そうだ、今日は…月に一度、真奈美が来る日だ。

B   はーい…今開けるよ

C   おはよっ。純一!
    もうお昼だよ?こんな時間まで、のんびり寝ていられるなんて、全く、学生のご身分はいいわよねー?

B   昨日は、珍しく夜遅くまでバイト長引いたから、いつもより疲れてたんだよ

C   夜遅くまで…ねぇ?そんなに働いてたら、勉強する時間ないんじゃないの?

B   それは…そうならないように、頑張ってるさ…

C   ふーん?というか…話は変わるけどさ、純一。
    さっきから…気にはなってたんだけど…。ソレ…何連れ込んでるのよ?

B   …昨日の夜、雨に濡れて…寒そうに外で震えてたから、つい…

C   つい…って。つい拾うもんじゃないでしょ?
    ベッドの上に普通に置いてるし…よく逃げないわね?弱ってて元気がないからかな?
    病院にはもう連れていったの?

B   いや、まだ…俺、今起きたばかりだし。でも、昨日ちょっとは食べれてたみたいだから大丈夫だとは…思う

C   そんなの素人判断じゃ分からないでしょ?
    寝てるみたいだけど、ちゃんとまだ息はしてるんでしょーね?
    でもほんと…こうやってまじまじと見てて思うけど…小さくて、かわいい子ね

B   そうだな

C   ということは…?純一の目から見ても、かわいく見えてるってことだよね?

B   …そうだけど?

C   ふーん?…男の子?女の子?

B   なんだよ、それ

C   気になるじゃん、性別

B   どうせ…俺の頭がおかしいって言って、俺のこと信じてないんだろ?

C   そりゃあ…にわかに信じがたいでしょ?『人間に見える』って言われてもねー…?

B   だったら、そんな事は聞かなくていいだろ

C   それでもいいでしょー!興味があるんだから、少しぐらい教えなさいよ。男の子?女の子?

B   …

C   目ーをーそーらーすーな

B   …女の子

C   あー!!やっぱり!!!そうだと思った!!!!

B   いきなり大声出すなよ!びっくりするだろ!

C   浮気だ浮気ー!何女連れ込んでるのよ!

B   女って…大げさな…じゃなくて!違うだろ根本的に?!

C   ふーんふーんふーん?そうなのー?ふーん?

B   いい加減怒るぞ?

C   ふふっ!!冗談だって!!

B   はぁー…

C   にしても…この子だけだったんだよね?
    親からはぐれちゃったのかな?近くには親いなかったの?

B   夜だったし、もう辺り一面暗かったから、何とも…

C   そう。…それにしても…一応確認しておくけど。
    今日、どこかデートに行こうって言ってた約束、覚えてるよね?

B   今日は…

C   ……何?

B   実は、昨晩終わらせる予定だった課題、まだできてないんだ

C   予備校の?私も手伝うから見せてよ

B   一人でやるから大丈夫

C   私も教えれるし

B   一人で解かなきゃ、意味ないから、いいって

C   …うーん。で。…それっていつ締め切りなの?

B   明後日の4時かな

C   昼の?

B   うん

C   じゃあ今日少し出かけるぐらいなら、まだ一日余裕があるから大丈夫よね?

B   でも、今日中に、早めにやっとかないと不安だから、さ

C   ………ねぇ、純一?ちなみに、その課題って、いつ出されたものなの?

B   え?2週間ほど前…かな

C   それって…もう結構たってるじゃない。
    あのさ?…私、純一に会える日限られてるんだから。
    …来る日、先に言ってあるんだし、もうちょっと早めに頑張るとかできなかったの?

B   ごめん

C   別に謝ってもらいたいわけじゃなくて。
    前にも言っただろうけど…そういうルーズな所、よくないと思うから…改めた方がいいと思うよ?

B   分かってるよ

C   ほらそうやってすぐ不機嫌そうになる。
    もういい歳した大人でしょ?子供じゃないんだからしっかりしてよ…。
    じゃないと、私が疲れる

B   ……

C   黙んないでよ、私が悪いみたいじゃない

B   ……。

C   はぁ…。今日は…なんか気分悪くなっちゃったから、帰るね。
    来月は、私仕事忙しくなりそうだから…来れないかも。
    それじゃあね…純一

B   ……真奈美…
    ……………はぁ…

A   引き止めないの?

B   …なんだ、起きてたのか

A   少し前にね。黙ってた方がいいかなって思って。
    さっきの真奈美って人、お兄さんの彼女?

B   …一応、ね

A   一応って……お兄さん、もしかして…ほんとに浮気してるの?

B   まさか。浮気できるほど、魅力もないし、器用な人間じゃないよ

A   じゃあ、ちゃんとした彼女なんじゃん。
    一応なんて言っちゃいけないよ。そんなの、相手が聞いたらショックだと思うよ?

B   …ショック…ね

A   つがいは、お互いを想い合うものって父さんが言ってたわ。
    決して悲しませる様なことはしちゃいけないって

B   悲しませる…ねぇ?案外、今のあいつなら、喜びそうだけどな

A   どうして?

B   本当は俺と別れたがってるけど、今は同情と腐れ縁で付き合い続けてくれているようなもんだから。
    別れるきっかけ、欲しがってると思うんだよね…。
    …ちょうどいいやって今頃思ってるんじゃない?

A   随分…悲観的な考え方なんだね

B   そうかもね

A   …本当にそれで付き合ってるって…言えるのかな…?
    気持ちがそんなに離れちゃうことって…その…。よくないんじゃないの?

B   仕方ないよ。俺がしっかりした人間じゃないから、こうなってるだけだよ

A   んー…人間って、難しいのね。
    じゃあさ?お兄さんの中での『しっかりした人間』って、どういう人なの?

B   そうだね…。
    さっきの…真奈美みたいな、人のことかな

A   彼女は、どんな人なの?

B   真奈美はね。俺と小学生の頃からの幼馴染で、大学も同じ学部に入って勉強してた。今はもう就職して働いている。
    毎日、夜遅くまで働いて、休みは日曜日だけで…きちんとしてるんだ

A   お兄さんは、きちんとしていない人間なの?

B   俺はね…大事な試験に落ちて、そのせいで就職もしなくて…。
    今は予備校に通ってる。
    来年の3月に又、試験があるから、バイトもしつつ、今は勉強してる感じ。
    きちんとして、試験に合格してさえいれば、今頃、真奈美と同じ職場で働けてるはずだったんだ

A   そう…だったんだ

B   一応ね?会社からは「資格がなくても、1年間、事務職で働いていいよ」とは言われたんだけどね。
    俺は、その話を断っちゃって…今に至ってるって訳

A   どうして?一緒にいれるなら、そこに居ておけば良かったのに、なんで断っちゃったの?

B   だって…恥ずかしいだろ。
    真奈美だって、「彼氏は試験に落ちたけど、ここにいるんです」なんて、言いたくないだろうし。
    だから今は、バイトして、そのお金で、予備校生やってる。
    真奈美は援助してくれるって言ったんだけど…断ってね。
    予備校代って結構かかるんだよ。だからバイト尽くしって訳。
    …そして、口では頑張るって言ってるくせに、課題の1つも終わらせれないで…。
    さっき、真奈美に文句言われてたってこと。
    情けない男だろ?俺?
    真奈美も、俺に対して…嫌気が差してるに決まってる…

A   でも、真奈美さんは、ここに来てくれたよ?
    それは、お兄さんのことを今も好きだってことでしょ?

B   ただの同情だよ。
    はぁ…俺のことは、もういいよ。
    お前は大丈夫なの?落ちて身体打ってたりするんだろ?調子はどう?

A   うん…。えっとね…まだ…地面に落ちたときに、腕と身体が当たった場所が痛い、かな

B   まだ痛いのか。上から落ちたって言ってたもんな。
    …よし。ちょっとまってて…えっと…

A   それって…あの時も使ってたやつだよね?

B   そうだよ。あの時はカメラの機能を使ったけどね。
    今回は検索を…近くの病院、病院っと…診療所でもいいんだけどな

A   びょう、いん?
    真奈美さんも言ってた。
    それって何なの?

B   病院には行ったことないのか?
    まぁ、普通なら、行く機会なんてないか。
    分かりやすく言うとね…身体が、どこか悪いところがないか、診てくれるところだよ

A   何それ、こわい…

B   ちゃんとした人間がきちんとケガの具合がどうなってるか診てくれるから、心配しないで。
    変に暴れると、余計に診づらくなるし、少し我慢してもらうことになるけど…
    って…あったあった…。ここから、歩いて行けそうな場所だな。
    …もしもし?すみません、午後から診てほしいんですけど、予約いいですか?
    …はい、はい。
    落ちて、身体を強く打ってるみたいなんですけど、食事は取れてます。
    はい…分かりました、はい、南純一で、予約宜しくお願いします。
    では、失礼します

A   …何で?一人で話してたの?

B   これを…スマホっていうんだけどね…。
    使うと、写真を撮ったり、遠くにいる人と話せたり、調べ物ができたり、色々できるんだよ

A   便利なものなのね…それ…、お兄さんよりも不思議

B   そうだろうね。俺も詳しい仕組みわかんないもん。
    んで、今、病院に行くって予約…を、その先生と約束したから、少ししたら一緒に行くよ?

A   え?もう行くの?

B   痛いんでしょ?じゃあ早めに行かないと…悪くなっちゃいけないからね

A   …うん。そうなんだけど…

B   不安?

A   うん…。でも…そこに行ったら、痛いの、治るの?

B   おそらくね。行って、先生に診てもらってからじゃないと、はっきりは分からないけど

A   ……

B   大丈夫?

A   …皆の所へ戻るためには…。
    痛い所を治して、元気にならなきゃだし…。…怖いけど…がんばるよ

B   良かった…

A   その代わり、病院に行ったら、お兄さんに一つ頼みたいことがあるんだけど…良い?

B   何だい?

A   私の…お姉ちゃんを探して欲しいの。
    多分…私とあなたが最初に会った場所の近くに、まだいると思うから…見てきてほしいの

B   お姉ちゃん…か

A   …いいかな?

B   …分かった。探すよ。約束する

A   ありがと、お兄さん

B   純一、でいいよ

A   え?

B   お兄さんってのも、なんかこそばゆいから、名前で呼んで

A   …分かった。
    じゃあ、私を運ぶの…お願いね。純一

B   うん、まかせといて


***


B   ここかな…?着いたぞ…、よし。入るぞ…。
    あ、すみません、南純一で予約を入れてるものですが…

D   南純一様ですね。予約は承っております。
    どうぞ、こちらで受付を行ってます。
    初めてかかられる方は、こちらの用紙に記入のほうお願いします

B   分かりました。
    えっと…南 純一、男…職業は…学生でいいよな。
    え?こいつの名前を書く欄もあるのか…えっと…何にしよ?
    ちょっと、スマホで検索してみるか…えっと…ヒルランド・ラスティカ(Hirundo rustica)…って読むのかな?
    あ、クリック再生ってあるな…聞いてみよ。…ヒューランド・ラスティカって聞こえる…。
    じゃあ…『ヒュー』でいっかな

D   ご記入頂けましたか?

B   あ、はい

D   それでは、診察室の方にお願いします

B   …自分のことじゃないけど…なんか、緊張するなぁ

F   どうぞ、次の方、入ってきてください

B   あ!はい!失礼します

F   こんにちは。緊張されないで、結構ですよ?
    はじめまして。ここの院長の山畑朋光(やまばたともみつ)と申します。
    そんな風にあなたが緊張していたら、その子も緊張してしまいますよ?

B   あ、すみません。何分不慣れな場所なもので…

F   こちらの診察台の上に乗せてもらってよろしいでしょうか

B   はい、箱に入れてきたんですけど…この子です…

F   おやおや、まだ小さい子ですね?
    いつ拾われたんですか?

B   昨日の晩に、家の近くで…

F   周りには誰もいなかったんですか?

B   多分、いなかったと思います。
    …暗くて、正直、わからなかったんですけど…

F   ちょっと…身体の方見せてもらいますね?

A   !!

B   ヒュー…怖がらないで…先生は良い人だから、ね?

F   ヒューちゃん、ちょっとじっとしていてね?
    身体は…内出血痕はありますが、骨は…うん。正常に動いてる。
    折れてる所はない、みたいですね

B   …ほんとですか?良かった…

F   外傷の方は、しばらくすればすぐ治ると思います。
    ただ…それよりも、気になることが…

B   え…何か、他に悪くなってるところがあるんですか?

F   悪いという表現は…難しいところですが…

B   …?

F   この子は、少し、今の時期に…同じように成長している他の子と比べると、身体が一回りほど小さいみたいですね

B   え?…小さいん…ですか?

F   はい。もう、これくらいの時期になると、大人とほぼ同じ大きさまで育っていなければいけないのに…。
    この子は、育っていない。
    元々、発育不全がある子なのかもしれません

B   それって…どういう

F   普通と同じようには、生きることは難しいでしょうね。
    この子は、家に置いておくには自治体からの許可も必要だし、保護施設に相談した方がいいと思います

B   え…

F   とりあえず、短期間の保護なら、個人でしても構いませんが。
    何せ…発育不全だと、飛べる見込みもないですから…しっかり考えてもらった上で…

B   あの…栄養がしっかりした食事を摂っても、難しいんでしょうか?

F   …難しいでしょうね。
    おそらく…落ちてた時点で、何かしら未熟児だったのかと…。
    まぁ、それが自然なんでね?今回は手を出しちゃってますから、仕方がないんですけど

B   自然って…っ。そのまま放置してたら、死んでたかもしれないんですよ?

F   …あのですね。南さん?あまり言いたくないんですけど…。
    また、もし同じような経験される機会があったら、今度は手を出さないようにお願いしますね?

B   …っ!!手を出さないって…そんなことできないですよ!!

F   南さん?これは、私達人間の常識ではなく、この子達が自然であるために、必要な人間のマナーなんですよ?
    ほら、ここのポスターにも書いてあるように、簡単に人間が手を出してしまうんですよねー。
    かわいそうっていう気持ちは分かるんですけど…、まぁ、ご理解お願いしますね?

B   …ヒュー…

F   ヒューちゃんの代金は、結構です。
    一応私は鳥獣保護ドクターに登録してますのでね。
    後、これ。保護施設団体の電話番号です。何かあったら、連絡して下さい。
    では、また

B   はい…。ありがとうございました

B)   残酷な言葉だった。
    病院を出る時に、表に貼っている先ほどのポスターに再度目をやる。
    大きい文字で「拾わないで!!」と書かれてある。
    自然のものは、自然の流れで生きており、人間の手が介入するものではない。
    頭では、分かっている。
    それでも…この子が目の前で冷たくなっていくのを、黙って見ているだけなんて。
    …俺には…堪えられなかったんだ。


***


B   家、着いたぞ、ヒュー

A   疲れたぁ…早く、ここから出してー

B   ちょっと待ってな?この階段のぼったら…すぐ部屋入れるから…。
    ってあれ?何だ?この大きなダンボール箱…?

A   え?何?何かあるの?

B   紙が付いてる。…手紙か?
    …『真奈美より』だって……とりあえず部屋の中に入れてから中身見るか。
    よいしょっと…鍵、開けて…ようやく到着だ。ふー。
    んじゃ、開けてみるか

A   純一!私の方も開けて!このままじゃ見えないままだよ

B   あーそうだったな。はいはい。よいしょっと、これでどう?

A   ふはー!もう暗い箱の中は勘弁ー。この部屋の中にいた方がいいー。
    あ。で?彼女から、何もらったの?

B   さぁ…?何だろ。
    あ…これって…カゴか?

A   ??なにこれ

B   手紙読んでみるか…。
    「この前は、きつく言ってごめんなさい。この家、あの子に使ってあげてください。真奈美より」
    …良かったな。ヒューの新居だぞ、これ

A   これなら、さっきの箱の中みたいじゃなくて、外が見えるからいいけど…できれば入りたくないな…ここ

B   …まぁ、ヒューが入ったら窮屈そうだしな

A   窮屈ではないけど…閉じ込められちゃうのは嫌だな

B   まぁ、そうだよな。
    …真奈美には悪いけど…ヒューが無理してまで、このカゴの中に入らなくていいよ。
    ヒューはこの部屋を自由に使いな

B   ねぇ…さっきからずっと聞きそびれてたんだけど…その『ヒュー』って、私のこと?

B   ああ…さっきの病院で、お前の名前を書く欄があったから…俺が勝手につけたんだけど。
    嫌か?

A   ううん。嬉しい。
    …ヒュー…か。
    なんか…風の吹く音みたいだね?
    ヒュー、ヒュー、ヒュー…、うん。きもちいい名前!
    ふふふ!気に入った!この名前だったら、すごく遠くへ飛んでいけそうだよね!

B   …そうだな

A   あ、そうだ。さっきの人、なんて言ってた?
    私の身体ベタベタ触って、調べてたんでしょ?

B   うん…そうだよ

A   で、何て?

B   ヒューも聞いてただろ…?

A   うーん、そうなんだけど…うーん…

B   もしかして…?先生の話してること、ヒューには…分からないのか?

A   所々は分かるんだけどね?でも…純一と話してる時ほどは、分からないの。
    聞こえていない訳ではないんだけど、意味が理解できないというか…。
    だから、純一が先生と話してる内容もあんまり…というか全然分からなかったんだ

B   俺の言葉は分かるのに…不思議だな

A   ほんとにね!
    こうやってね…純一が私に話しかけてくれる時だけ、はっきり分かるんだよー?
    私、こうやって人間と普通に話せるの、純一だけだよ?

B   …そうなのか?

A   うん!
    だから、初めて会った時・・・。
    私が震えて、助けを求めてる時に、純一が来て…私に話しかけてきたの…ほんとにびっくりしたんだから!
    正直、今だから言えるけど…すっごく怖かったんだよ…?

B   そうだったんだな…。まぁ、ヒューから見たらそりゃそうだよな…

A   ねぇ…?純一にはさ…私は、どういう風に見えるの?

B   普通に…小さなかわいい女の子だよ

A   それって、私が…人間に見えるってことだよね?

B   うん、そうだね。
    人と少し違うところを挙げるとしたら…その背中に小さな翼が生えてることくらいかな

A   そう…、純一がそういう風に見えるのって…やっぱり、その…普通じゃないんだよね?

B   うん。普通じゃないと思う。
    ヒューが、どんな生き物かってのは…俺にも分かってはいるんだよ?
    でもね。今、俺の目からは、普通の人間と同じ様に見えるんだ。
    だから、最初会ったときも、人間じゃないってすぐには気づけなかったし…。
    だけど、その翼見た時に…あ、ってなってね。
    それで…スマホで写真を撮って…お前の実際の姿を見て…ようやく確信を持ったって感じだったんだ

A   …ほんと…不思議な話ね?
    でも、そのおかげで、私に気づいてもらえたのなら…今は、その奇跡に感謝の気持ちしかないわ。
    純一がそういう人じゃなかったら、私、きっとあのまま、あそこで動けないまま死んじゃってたよ…

B   そう…かもね

A   で。私の身体、どうだって?

B   身体は打ってるけど、骨は折れてないってさ

A   折れてないんだ…。良かった…

B   でも、身体が普通の子よりチビだって言ってた

A   チビ…?

B   身体が小さいってこと

A   それって…ダメなことなの?

B   それは…

A   そのせいで、あっちまで飛べなかったのかな…私。
    皆、母さんの所までちゃんと飛び移れたのに、私だけ、落ちちゃったから…

B   それで、あの場所にいたのか…

A   私…飛べないの?純一?

B   それは…

A   もう飛べなかったら…私……

B   …ヒュー…

A   どうしたら…いいんだろ…

B   …

A   …

B   ………飛べるさ

A   え?

B   飛べるよ!頑張ったら飛べる!!
    …だからっ…もっと栄養つけて、今より大きくならないと!

A   栄養しっかり摂ったら、私でも…皆みたいに大きくなれる?

B   …ビタミンもちゃんと取って、しっかり食事を取れば、大きくなれるよ

A   ビタミンって…すっぱいの、だよね?

B   うん。基本食だけだと、栄養が足りてないから、いつも一緒につけるようにしてるでしょ?
    よけてないで、食べなきゃダメだよ?

A   うん…がんばる。飛べる様になるためにも、私…きちんと食べる様にするよ!

B   俺がバイトと学校行ってる間は、食事を準備できないから…朝多めに置いておく様にするよ。
    時間分けて食べてちゃんと食べるんだよ

A   うん分かった。色々ありがとね、純一

B   …いいんだよ。
    あ、後、ヒューのお姉ちゃんだっけ?
    最初、ヒューと会ったのは、ここのアパートの下の所だから、明日、この近所を探してみるよ

A   …約束、覚えててくれてたんだ

B   当然。ヒューが病院行くの、がんばったんだから…俺も、少し、頑張ってみるよ

A   …ありがとう。
    …私のお姉ちゃんは…右の瞼の少し上の方に、星の形した白い斑点が1つあるから…それを目印に探して?
    母さんと父さんの後ろを追っかけながら、まだあの付近にいると思う。
    もし見つけれたら…ここに来るように言って

B   分かった……そう伝えるよ


***


B)   次の日、学校に行って、バイトが終わってから、近所を探し回った。
    案の定、そう簡単には見つけられなかった。
    その俺の報告を聞き、ヒューも残念そうに、ありがとう、だけ言った。
    次の日も、その又次の日も…そうして、足繁く通い、探してる内に、時は過ぎていき・・・。
    気づいたら、季節は秋になっていた。
    今日は、バイトが急にキャンセルになったので、少しいつもより早めの、日が落ちてきた頃に、探し始める。
    これまで、近くの住宅地、スーパー、公園など色々探してきたが…、ふと…あの場所が…頭をよぎった。
    一番近くて、通り過ぎることしか、してこなかった場所。
    そう…ヒューと初めて会った…あの場所だ。

B   来てはみたものの…やっぱ…いる訳ないか…。
    ここに居たら、こんなに近くに住んでるんだし…もう気づいてそうなもんだもんな?はぁ…

D   …

B   こんだけ広い空の下で…ヒューのお姉さん…なんて、そう簡単に見つかる訳、ないか

D   あなた、ここで何してるの?

B   …え?

B)   意表を突いて、俺に降り注がれた声だった。俺は俯いている顔を、咄嗟に上げた。
    すると、目の前にはヒューによく似た女の子が、あの場所に立っていた。
    右瞼の上に星の形をした白い模様が、俺の目に入った。
    この姿でも、はっきり分かる。ヒューが話していた…目印だ。

B   君は、まさか…?ヒューの…お姉さん?

D   …私の言葉が、分かるの?人間なのに

B   うん。分かっちゃうんだ。
    そして、俺には、あなたがヒューによく似ている…人間に見える。

D   何を言ってるの…?私は人間なんかじゃないわよ?
    その証拠に、ほら。これ、見てみて?

B)   彼女がくるっと背を向けると、身体の大きさには似つかわない程の、大きな翼がそこにあった。

B   それは…

D   これで私は空を舞うの。
    この翼を羽ばたかせて、父さんと母さんを必死に追いかけ続けて…ようやく最近、私、認められたのよ?

B   ヒューには、そんな大きな翼はついてなかった。あいつのは…もっと小さかったのに…すごいな

D   あなたが話す、そのヒューって、誰?
    私のことを姉さんって言ってたわね?確かに、私には妹1人と弟が2人いるわよ?

B   その中の、妹さんに話を聞いて、あなたを探していました

D   …妹から?

B   はい。あなたの、瞼の上の白い星の模様。それがあなたの目印だと聞いて、ずっと探していました。
    あなたが…ヒューのお姉さんで間違いないですか?

D   ヒューって言うのが、その…私の妹だと言ってる子の名前なのね?

B   はい。俺が名付けました

D   人間なんかに、名前を付けられてるとか…信じられない

B   それは俺が勝手に…

D   それは私の妹じゃないわ

B   え?…どうして?

D   だって、もう私の妹は、死んだんですもの

B   …え?

D   あの日、私達は初めて、家から出たの。
    だって父さんも母さんも、何も食べさせてくれないんだもの。
    いつもは、口を開けたら、食べさせてくれたのに…あの日を境に、目の前で見せ付けるだけで、くれなくなって…。
    待ってても、どんどんお腹は減っていくだけだし…。
    それじゃ、母さんの前まで行って、取るしかないわよね?
    勇気を振り絞って、そこからジャンプしたわ。
    皆も、私に追随して、家から出たわ。
    それなのに、又、母さん、私から遠ざかるのよ?
    父さんも、私達が右往左往しているのに、無視してあっち行っちゃうし。
    そして…最後に妹が、家から出ようとしたわ。
    一番身体が小さくて、いつも私達兄妹に押しやられて隅の方にいた、あの子。
    ちっぽけな翼を広げて、ジャンプしたけど…宙を舞うことなく、真っ逆さまに下へ落ちて行ったわ

B   真っ逆さまに…

D   母さんも父さんも、それを見ていた。
    でも何もしなかった

B   助けに行かなかったのか?

D   …なんでそんなことしなくちゃいけないの?

B   え?…だって、兄妹なんだろ?

D   真っ逆さまに落ちたのよ?
    そんな子、渡れる訳ないじゃない?

B   渡るって?何だよ?

D   私達は、この国じゃ、寒くなったら生きていけない。
    だから、寒くなる前に、遠い暖かい南の国へ行くの。
    母さんと父さんと、そして兄妹達と。
    渡るために、私は来る日も来る日も父さんと追いかけっこして、準備してきた。
    最初はうまくいかなかったけど、何度も何度も挑戦して…追いつけるようになった。
    長い海を渡って、私達はあちらへ行かなきゃいけないの。
    なのに、あの距離も飛べないような子には、無理に決まってるじゃない?

B   そんなこと…やってみなきゃ、わかんないだろ?

D   あの子は、あの日、死んだの。
    それなのに、あなたは、あの子が生きてると言う。
    あの子に何をしたの?

B   俺は…落ちて、ないているヒューを…拾ったんだ

D   拾った…?
    はははっ。馬鹿なことを…

B   どうして笑うんだ?

D   そんな…意味のないことを、人間がしたっていうから、おかしくって

B   …ヒューは、あなたに会いたがってます。
    お姉さんに会いたいって。…家族にも会いたがっています。
    皆にそのことを伝えてくれませんか?

D   何のために?

B   何って…ヒューのために決まってるじゃないですか?

D   会って、私達は何をすればいいの?

B   何…って…?生きていて、嬉しくないんですか?
    実の妹さんなんでしょ?

D   そうね。確かに、私の妹だったわ。唯一無二のね?
    でも、それが何なの?

B   何って…

D   私達に何を期待してるのか知らないけど…私達は、もう渡りまで、あと数時間に迫ってるの。
    今日は…最後に、私の生まれ育った我が家を見に来ただけよ。だから、会ってる暇なんてないわ

B   でも…!

D   季節の移り変わりは早いの。
    そして、私達の時間は、あなた達人間よりも急速に進んでるのよ?
    猶予なんて一日足りともないの。
    こうしている間にも、時間は過ぎていく。
    この命が燃え尽きる前に、私達は、渡らなきゃいけないの

B   分かってます。
    それでも、数分…数秒でもいいんです!
    ヒューと話してやってくれませんか?
    家族が心配してるはずって、言ってたんです。
    その心配だけでも、なくしてやってくれませんか?

D   …変わった人間ね?
    私達と話してること自体が奇異なのに、こうやって私達の問題にまで介入しようとしてくる

B   …俺の家に、ヒューはいます。
    ここから見える、このアパートの2階に、小さいベランダがあるので…。
    そこに、一瞬でも…一度だけでもいいので…ヒューを見に来てやって下さい!!

D   ……明日、夜が明けたら、私達家族は、ここを発つの。
    それを私達があの子に伝えたら、余計に苦しい想いをするかもよ?
    それでもいいの?

B   それは…

D   …

B   俺は…それでも…

C   じゅん…いち?

D   …あら?誰か来た様ね。
    それじゃあね。変わった人間さん

B   ち、ちょっと!まだ話が!!

C   っと!いきなりどうしたの?!びっくりするじゃない!

B   …なんだ、真奈美か

C   なんだとは、失礼ね?
    3ヶ月ぶりの彼女との再会なのに、随分雑な扱いね…。
    …誰かと話してたの?

B   ヒューのお姉さんと、話してた

C   ヒューって?

B   家の…あの…

C   あぁ、名前付けたんだね?
    …で?お姉さんと話したって…

B   ヒューに、家族を探してほしいって頼まれて、ずっと…探してたんだ

C   …それ本気で言ってるの?

B   うん…。
    どうせ真奈美は、俺の言ってること信じないんだろ?

C   それは…信じろって言う方が無理があるでしょ?
    相変わらず…まだ、そんな幻聴が聞こえてるんだね?
    ………。
    いいかげん、現実を見なよ?
    そりゃ、試験に落ちたことはショックだったんだろうけど、何もそんな嘘つかなくったっていいじゃん…

B   嘘なんてついてないよ?でも、信じてくれとは…もう言うつもりもない。
    それに…それとこれは関係ない

C   関係あるでしょ、絶対。
    私が受かって、純一が落ちて…その時からでしょ?
    そんな変なこと言い出したの。
    …ねぇ、純一?人間は、動物の考えてることなんて、分かるわけないの。
    ましてや、話し声なんて聞こえる訳がない。
    …全部、純一の妄想だよ?

B   ……そうだな…

C   分かってくれた?

B   真奈美から見たら、俺なんか『ただの頭のいかれた奴』にしか見えないってことは、十分分かったよ

C   …別にそんな風にまでは、思ってないわよ。
    ただ…もし純一が、あの子と…本当に会話ができているのなら…、これ以上手を出さない方がいいと思う

B   どうして?

C   私達の世界と、あの子達の世界は別のルールで統制されているから…。
    私達の価値観で、手助けしているつもりでも、実際は不必要な行為かもしれない。
    だから…手を出しちゃいけないよ。
    何もせず見守って、他の世界に干渉しないのも、大切だと思う。
    だから私は、あなたの行為を認める訳にはいかないの

B   真奈美も、あの医者の先生と一緒か…

C   え?

B   ヒューを病院に連れて行った時にも、同じこと言われた

C   だったら、もう分かって…

B   でも、俺はそうやって、真奈美や先生みたいには割り切れないんだ。
    まだ、ヒューは希望を捨ててないんだ。
    毎日動かしづらかった腕をバタバタさせて、ちゃんと動くようになったし、今も頑張ってる。
    苦手な食事もできるだけ食べて、大きくなろうとしてる。
    それを見てても、「あきらめろ」って、お前簡単に言えるか?

C   それは…

B   ごめん。家でヒューが待ってるから…もう戻るわ。
    真奈美も…俺のこと嫌だったら、もう来なくていいから

C   え…純一…

B   じゃあ…

C   …嫌じゃない!

B   …

C   嫌じゃないよ?私…待ってるから。
    がんばって…純一

B   …


***


B   ただいま…

A   …

B   あれ?ヒュー寝てるのか?

A   純一…

B   起きてるんじゃないか…どうした?
    腹でも減ったのか?

A   ううん。違うの。
    ほら、窓見て

B   ん?…あ

A   お姉ちゃん、見つけてくれたんだね…

B   !!窓開けるぞ

D   …本当に人間の所にいるのね…

A   お姉…ちゃん…?
    私のこと、覚えてる?

D   ……忘れるはずがないでしょ?
    私の唯一の妹だもの

A   お姉ちゃん!…又、会えて…良かった

D   生きてたんだね

A   うん。落ちてから、純一が助けてくれたの

D   純一・・・ね

A   私の命の恩人なの!

D   そう…。あれから…調子はどうなの?

A   いっぱい食べて栄養つけて、身体を動かして、今は元気だよ!
    皆も元気にしてるの?

D   皆元気よ。父さんよりも飛ぶのがうまくなって、母さんも喜んでるわ

A   いいなぁ…私も早く、皆に追いつかなきゃなー

D   あなた…まさかついてくる気なの?

A   もちろん!だって家族でしょ?

D   そうね。でも、それは無理よ

A   え…?

D   そんな身体じゃ、乱気流に飲まれて、海に落ちるわ

A   でも…これからもっと頑張れば、私だって、お姉ちゃんに追いつくことだって

D   がんばる?…頑張っても、あなたにはできないわ

A   …なんでそんなこと言うの?

D   できないのよ。そんな小さい身体で、綺麗に生え揃っていない惨めな翼。
    …どう考えたって、できる訳ないでしょ?

B   そんなこと…

A   違う!そんなはずはない!!私は皆と一緒に行くの!

B   ヒュー…

D   あなたは必要ないのよ

A   え?

D   もう死んでるって思ってた。なんで生きてるの?
    母さんも、父さんも、あなたは生きていても仕方ないって思ったから、あのままにしておいたのに

B   何だよ…それ?
    最初から殺すつもりだったってのか?

D   そうよ?
    だって、あんな距離も飛べない子が、海を渡れるはずがないじゃない?
    そんな生きる力もない子に、食べ物を与えるくらいなら、もっと力のある子にあげるわよね?
    あなたがいなくなったおかげで、私達はもっと大きくなれたわよ?
    ありがとね…

A   …そんな…こと、あるわけ

B   …っ!!

***

F   純一君くん。試験…落ちたんだってね?
    真奈美から聞いたよ

B   あ、はい…。お恥ずかしい話ですが、その通りです

E   あらあら、真奈美は受かったのに…何か体調でもよくなかったの?

B   そういう訳ではなかったんですが…ダメでして

F   真奈美も、純一くんのことを気にしているんだけど、今どういう風に声をかけたらいいか、少し困惑しているみたいなんだ

B   そうですよね…すみません。
    受かってから、一緒に就職するって言って…。
    …その後の…今後のことも相談させてもらっていたのに…お義父さん、お義母さんにも申し訳ないです

E   私達のことは気にしないでいいわよ?
    …ただ、真奈美と、その…就職したら、同棲するっていう話、してたわよね?

B   あ、はい!部屋も一応絞っているので、後は連絡するだけの状態です

E   …そう……

F   …

B   …?

E   …ねぇ

F   …ん?

E   あなたから話してあげて?

F   僕がかい?

E   うん

B   えっと…何か?

F   …あのね、純一くん?
    非常にこちらからも言いづらいことなんだが、その…

B   なんですか…?

F   単刀直入に言うとね…。
    真奈美との、婚約の件、一度なかったことにしてほしいんだ

B   …え……

F   君達はまだお互い年も24を越えた同士で、まだまだ社会を経験してもいないヒヨっ子だ。
    もう少し…色々知ってからでも、遅くないんじゃないか…と思ってね?

B   それは…その…、結婚には、反対、ということですか?

E   別にそういう訳じゃないわよ?
    あなた達が、小さい頃からずっと長い付き合いで…。
    大学でもいい関係が続いていたことも真奈美から聞いてるし、理解してる

B   はい…

E   …でもね?
    真奈美がこれから、就職して、会社に通うようになって。
    それで純一くんは…又来年の試験のために学校で勉強するようになるでしょ?
    社会人と学生の生活リズムって全然違うのよ。
    それで、もし真奈美の仕事に差し障りが出たら…、あ、もちろん純一くんの勉強の邪魔にもなっちゃうかもしれないしね?
    だから…このタイミングの同棲には、もう一度考え直してほしいの

B   そうですか…。
    まぁ…普通は…そうなりますよね…

E   …あ、それでこれは、真奈美には、まだ言ってない話だから…。
    できれば、私達からこうしてほしいって言ったってことは…言わないでほしい、かな

F   私達夫婦は、真奈美と純一くんの助けになりたい気持ちは、変わらないよ?
    ただ、もう一度冷静になって、改めて今、どういう距離感でいた方がお互いのためになるか、話し合ってほしいんだ…。
    だから…考えてくれるかい?

B   …………。
    分かりました。
    僕のせいで…余計な気苦労をかけさしてしまい、すみません…

E   そんなことはないのよ?
    私達の方こそ、急にこんな話ごめんなさいね。
    今…一番、試験に落ちて戸惑ってるのは純一くんの方なのにね…

B   …落ちちゃいましたからね。
    いつも…小さい頃から、親がいない俺に…二人共優しくして下さって…。
    本当の両親の様に…僕達のことを応援してくれて、ここまで支えて下さってたのに…。
    申し訳ない気持ちしかないです…

F   そんな。…純一くんは私達にとって、もう息子みたいなものなんだよ?
    だからこそ、きちんともう一度頑張れる環境を作るべきなんじゃないかと、妻と話し合ってね?
    それに…来年も試験はあるんだから、何もそこまで気負いする必要は…

B   無理ですよ。そんな落ち込まないなんてこと…今は無理です

E   純一くん…

B   ………真奈美にとって必要な人間じゃないって、思ったら、すぐ言ってくださいね?

F   純一くん!!

B   僕はそういわれても、仕方ないと思ってますから…

E   純一くん…

B   すみませんが、今日は失礼します。
    真奈美には、今日は来なかったって伝えて下さい。
    きっと、会社のオリエンテーションで疲れてるだろうから…。
    僕のことで余計に疲れさせたくないので…

E   そんなこと言わないで…真奈美もそろそろ帰ってくるんだし…。
    夕飯一緒に食べてからでも…

F   分かったよ、純一くん

E   あなた…?

F   でも…何かあったら、すぐに連絡するんだよ?

E   あなた!

B   ありがとうございます…それでは


***


B   …落ちた奴は、それでおしまいってことなのかよ…。
    そんな…必要ないって、簡単に言うなよ…

A   純一…?

D   あなたに私達の何が分かるっていうの?
    気安く話に入ってこないでくれる?

B   他にも方法があるかもしれないだろ?
    勝手に決め付けんなよ!!

D   お子様ね?貴方

B   …なんだと?

D   現実を見なさいよ?
    できることと、できないことぐらい、分からない頭じゃないでしょ?

A   …姉さんやめてよ…

D   この子は必要ない子なの。
    それが自然なのよ?それを人間の…自分勝手な自己満足でこうしてるだけじゃない!

A   やめて!!

D   …泣いても無駄なのに、その純一っていう人間のために、泣くのね?
    ……。
    ……あら?意外。…母さんが来てくれたわよ?

B   え…

A   え…?っ!!母さん!!

E   …!!

A   母さん…私だよ。覚えてて、くれてるよね?

E   まさか…?本当に?

A   又、会えて嬉しいよ…母さん

E   ……なんで

A   …え?

E   …どうして…まだ生きてるの?あの時、あなたは死んだはずじゃない?

A   …っ!!母さん…?

D   母さん、説明したげて?
    わかんないんだって

E   …知らないの?そんな翼じゃ、あなたは空を飛べない。
    …私達が何回羽ばたかなきゃいけないか知ってる?
    今はここは暖かいだろうけど、じきに寒くなって、私達はここに居れなくなる。
    だから海の向こうまで、渡らなきゃいけない。

A   …っ、でも!母さん?ほら?
    私、少しは飛べるようになったんだよ?
    ほら、見てみて?
    宙に浮かべるように…なったんだよ?

E   …そんな、数メートルぽっち飛べたって意味ないのよ。
    あなたはもう渡れない。あちらの世界を見ることも一生ないわ

A   …そんな。私は、じゃあ…これから、どうすれば…

D   悪いことは言わないわ、あきらめなさい。
    それに、私があなたをもう兄妹と認めることは、ずっとないわ

A   …姉さん?

D   さよなら。あなたは自分の不注意で落ちたと思っているみたいだから、ちゃんと訂正してあげる。
    あなたは落ちたんじゃない。落とされたのよ、母さんに。
    あなたみたいな弱い家族は必要ないってね。
    あなたに食べさせるくらいなら、他の子に食べさせて立派に強く育てる方が、賢明だからね。
    希望なんて、生まれた時からなかったのよ。
    あなたは人間の甘い戯言に騙されて糠喜びしてただけ。あなたは落ちた時点で全て終わっているのよ

A   …そんな…私は…、私はっ…!!

E   さよなら。
    私達はもうあちらへ向かうわ。
    私達はそういう生き物、空を恐れ、そして求め続ける。
    例え死んでも私達の自由の翼は、飛ぶことをやめることなんてできないもの

A   母さん…

B   お前ら…っ…そんな、残酷な言葉しか吐けねぇのかよ…。
    家族なのに…こんな仕打ちひどすぎるだろ?!

D   あなた…勘違いしてるわね?

B   え…?

E   私は…家族だからこそ、真実を言ってあげただけよ。
    …私達は、もうここを発つわ。
    …さようなら

B   待てよ…待ってくれよ…っ

E   …この子を拾った人間のあなたも何も気にしなくていいわよ?
    人間は人間。私達は私達だから、この子を放っておいても何の問題もないの。
    …自身の生き方を、しっかり考えなさい…


***


B   …本当に、行っちまった…

A   …っ

B   ヒュー…

A   う、うう…う、うううわあああああああああああ!!!

B   !!

A   私…私っ!!

B   …

A   私は、皆と一緒に…行けないんだね?
    身体が小さくても、いっぱい食べて身体を動かして、もっといっぱい頑張ったら!
    私は飛べるって、信じてた…っ!渡りもできるって…信じてた!!
    だから、生きていこうって!…思えたのに…っ。
    …はは…ははは…。私、全部勘違いしてたんだね?
    私、母さんに捨てられたってことも気づかないで…私がいなくなってきっと皆心配してるって思ってたりしてたのに。
    …現実は…この有様。
    誰からも必要とされていなかった…いらないって、生きていても仕方ないって…。
    そんなこと…言われるなんて、考えもしなかったから…。
    いろんな気持ちがいっぱいで…苦しいよ…。
    どうすれば、苦しくなるの?ねぇ…純一…っ!!
    ……教えてよ?

B   …ヒュー…

A   っ………独りぼっちだ…、私

B   …………っ!!

A   う…うぅっ、ううう…うう

B   俺が…側にいてやるよ。
    だから…そんなこと言うなよ…?

A   …そんなことしなくて…いいんだよ?純一?
    私の問題に巻き込んでごめんね。
    母さんも…言ってたでしょ?
    純一は、純一の生き方をしっかり考えればいいの。
    私のことなんて!もう、放っておいていいのよ!!

B   そんなこと、できるわけないだろ!!

A   もう、なんだっていいのよ…。
    私のことは、もう…

B   っ!!約束するから!!
    もう、ヒューにこんなに悲しい思いさせたりしないって!
    全部俺のせいにしていいから!
    辛いのは、あの時拾った俺が全部原因だから!!
    …もう、そんなに自分を責めんなよ…?

A   …純一

B   だからさ…?
    泣くなよ…

A   ……

C   ………純一…いるんでしょ…?入ってもいい?

B   ……真奈美か

C   うん

B   …今はダメだ。帰ってくれ

A   純一!私のことは…もう大丈夫だから。
    彼女さん、部屋入れてあげて?

B   でも…

A   せっかく久しぶりに来てくれたのに…なかなか会えないんでしょ?
    お願いだから…このままだと、かわいそうだよ?

B   ヒュー…

C   待ってるって、言ってたのに……あの…。早速来ちゃってごめんなさい。
    私も…その、ヒューちゃんを見たくて…

A   …私?

B   なんでだよ?

C   …

B   …黙ってたら、わかんないだろ?

A   純一、開けたげて?

B   …でも

A   私も、真奈美さんに会いたい

B   …ヒュー……

C   …あ

B   …あがれよ

C   ありがとう。お邪魔します

A   ……真奈美さん。こんばんは

C   …ヒューちゃん?

A   そうだよ?私がヒューだよ

C   …本当に、私に話しかけてくれてるみたい…。
    純一?今この子なんて言ってたの?

B   …お腹減ったってさ…

A   純一?!なんでそんな嘘つくのよ!

C   今、純一、嘘ついたでしょ?

B   え…?なんでそう思ったんだ?

C   だって、今ヒューちゃん。すごい勢いで純一に鳴いたもの。
    まるで怒ってるみたいにね?

A   さっすが、真奈美さん!
    私の言葉が分からなくても、分かってくれてるんだ!

C   …私も、あなたが何てしゃべってるって分かったら…純一の気持ちが分かるのかな?

B   真奈美…

C   ヒューちゃん…。
    私ね?全然、純一が何考えてるのか、最近分からないんだ。
    一緒に生きていこうって、約束して、一生懸命二人で勉強して、試験受けて…。
    まさかばらばらになるなんて、思ってなくて…。
    私も、どういう風に声をかければいいのか…分かんなくなったんだ…

A   真奈美さん…

B   …

C   試験が終わったら、一緒に暮らすって約束してたのに…突然全部やめるって言い出して…。
    私、すごくびっくりしたんだよ?
    連絡も急に取れなくなっちゃうし。純一雲隠れしちゃって…。
    そしてね?私思ったんだ。
    「なんで私も試験落ちなかったんだろ」って。
    …最低な女でしょ?受かっておいて、こんなこと言ったら、純一怒るに決まってる。
    でもね?こんなバラバラになるくらいだったら…いっそそっちの方が、良かったんじゃないかって思ったの

B   …試験に落ちたのは、俺自身の問題だよ。
    真奈美は何も気に病むことはない。
    俺が…お前に会いたくなかっただけだ。…勝手なんだよ俺は

A   純一…ちゃんと、ほんとの気持ち言ってあげなきゃ?
    まだ、真奈美さんのこと、好きなんでしょ?
    離れた理由だって、何かあるんでしょ?純一が勝手にそんなことする訳ないもの。
    試験とか、難しい言葉が、何のことか私には正直分からないけど…。
    でも、純一が、真奈美さんに嘘をついてるってことは、私にも分かるよ

B   ヒューには…そんなこと分かるわけないだろ?
    俺達のことなんて…

A   そりゃ全部は分かんないよ?
    でもね?ここ数ヶ月で分かることもあったよ?
    真奈美さんは純一のことが好き。
    それなのに、純一は真奈美さんにきちんと向き合えてない

B   きちんと、か…。…よく見てるんだな…

C   …ヒューちゃんが何か言ってるの?
    私にも教えて、純一?

B   …信じてないんだろ?話せてるって

C   …分からない…

B   だったら

C   でも…聞きたいの

B   …

A   純一…お願い

B   ……。
    俺が、真奈美にきちんと向き合えてない、だとさ

C   ヒューちゃんが…?

B   ああ

A   何も言わずに、急に会えなくなるのは…とても辛いよ。
    相手が好きであればあるほど、どんな理由があっても、そんなことしちゃいけないよ。
    つがい同士はね…お互いを想い合わなきゃいけないの。お互いが幸せにならなきゃいけないの。
    自分が嘘ついて、相手が幸せになるなんて思ってるなら、それはただの思い上がり。
    一緒じゃないと、意味がないのよ。
    …だからね?真奈美さんはね?純一と一緒じゃないと、幸せになれないんだよ?

B   …ヒュー…お前

A   試験に落ちても、まだ、純一には翼があるでしょ?
    だったら、また頑張れるよ。
    何度だって飛べるよ?

B   !!

C   …何て言ってるの?

B   ……がんばれって…

C   …そう。
    よく見てくれてるのね、私達のこと…

B   そうだな……

C   …………ヒューちゃんも、早く飛べるといいね

A   …!!
    …私は…もう

B   …その話は…やめてくれ

C   え…?どうして?だってそろそろ…渡りの季節…だよね?

A   …

B   こいつは、俺が…そばにずっと居続けることにした

C   …そばに…って…?
    それってダメなんじゃないの?許可は得たの?

B   それは…

C   だって、本当はこんな、人間の手を貸しちゃいけないのに…。
    ずっとって…本気で言ってるの?

B   本気だ。ヒューとさっき約束したんだ

C   …この子は、もしかして…渡れないの?

A   うん…渡れないよ

B   やめろよ!!

C   !!

B   …ごめん

C   …そんな血相変えて…なんか怖いよ?純一

B   …

C   …ねぇ、純一

B   ん?

C   この子の『生』を、ただ無駄に延ばしていることは、本当にこの子自身が望んでいることなの?

B   …無駄…ってなんだよ?

C   空を自由に飛ぶのがきっとこの子達の夢でしょ?
    でも、この子は飛ぶことができない…そうなんでしょ?

A   …その通りだよ。真奈美さん

B   …あぁ、でも…

C   それでもいつか飛ぶことができるって信じさせたまま、生き長らえさせるのは、あまりに人間勝手な話じゃない?
    この子にまで嘘をつき続けるの?

A   大丈夫…もう知ってるよ?
    さっきね?私も、初めて「飛べない」って…お姉ちゃんとお母さんに言われて…知ったんだよ…?
    でもね…?それは、純一が悪いわけじゃないの。私のためを思ってついてくれた、優しい嘘なんだよ?
    だからいいんだよ?

B   …っ

C   そんな優しい嘘なんて、余計に傷付くだけなんだよ?!
    どう足掻いても、貴方は飛ぶことはできません、努力しても無駄ですってきちんと伝えてあげなよ?
    嘘ばっかりつかれて、本当の気持ち言ってくれなくて傷つくのは…っ…私達の方なんだから!!!

B   …真奈美…お前…

A   真奈美さんは…傷ついてたんだね。
    でも…私は、傷ついてないよ?純一?

C   この子と話せるなら、ちゃんと話してあげたらいいのに。
    そうやっていつも、真正面から向き合ってくれないから…私も…余計に苦しくって…。
    卑怯で残酷なのよ…

B   …

C   あなただって…本当は、こんな所から出たいんじゃないの?

A   え…?

C   別に無理に、純一に合わせることはないんだよ?ヒューちゃん?
    純一に何を言われたって、あなたがしたい様に、生きたらいいんだからね?

A   !!…私は…。
    私はね?もう…したいことがなくなっちゃった…んだ。
    う、…うぅ…うう……

B   真奈美!!

C   …何?

B   …出て行ってくれ

A   ……

C   今出て行ったら…私、泣いちゃうよ?

B   …お願いだから…。
    こいつをもう…これ以上、なかせないでやってくれ

C   ………。
    ……………さようなら

A   っ!!ダメだよ?!純一…っ!!
    彼女を引き止めて!!

B   …言ったよな?
    俺、お前とずっと一緒に居るって…約束したよな?

A   でも!私よりも真奈美さんのことを!

B   いいんだよ!!
    …いいから、だから…もう無理すんな。
    俺が、いるから…な?そんな顔するなよ…

A   ……純一

B   ヒュー?どうした?

A   私のせいで…ごめんね

B   ……もう、全部、気にすんな。
    いいんだよ。…もう、いいんだ

C   …(静かにドア越しで泣き崩れる)

***

B)   それから、真奈美は一切俺の家に姿を現すことはなくなった。
    俺は予備校とバイト通いを続けながら、ヒューとの生活を続けていた。
    あれからも、ヒューは毎日同じように食事をとって、部屋の中で自由に過ごしながら…。
    帰ってきた俺を出迎えてくれ、その日あった俺の話を静かに聴いている。
    以前と変わりない生活。
    少し飛ぶのも上達してきたように見える。届かなかった高い場所に飛び移ることができるようになってきた。
    少しずつではあるけど、成長してるんだと思う。
    …俺も、負けていられない、頑張らなきゃいけない。
    あんなこともあったけど、ヒューはあれから特に悲しい顔はしていないみたいだった。
    よく笑い、よく騒ぎ、以前よりむしろ元気そうだ。
    …ただ、窓沿いから、空を見上げている姿を、頻繁に目にするようになったことに気がついたのは…。
    もう11月も終わりになった頃だった。

B   今日も見てるの?

A   うん。最近空の色が少し濁って見えるから

B   季節も冬になったからね

A   ねぇ。あの下のほうの光ってるの何?

B   あぁ、あれは電飾だな

A   でんしょく?

B   人間が木に、ピカピカ光る飾りをつけてるんだよ

A   ふーん、なんで?

B   明日から12月になるし、『クリスマス』があるからだね

A   『クリスマス』?

B   ヒューは知らないことだらけだな

A   そりゃそうでしょ?
    人間のこと全然まだ分からないんだもん。
    で…『クリスマス』って何なの?

B   クリスマスはねー。12月25日にあるんだけど。
    前の晩から、木に飾りつけをして、おいしいものを食べて、サンタクロースに願い事をして…

A   サンタクロース…って?

B   サンタクロースは、赤い服を着た、遠い北の国からやってくるどんな願い事でも叶えてくれる人だよ

A   サンタクロースも北の国から渡ってくるんだね?
    渡りをするの、私達だけじゃないんだ?!

B   ん?まぁ、ある意味『渡り』なのかな?

A   すごいねー遠いところから、願いを叶えに来てくれるなんて、すごく良い人なんだね!

B   まぁ、そう…だね

A   私の願い事も…叶えてくれるのかな…?

B   ヒュー?

A   あはは、サンタクロースは人なんだし、多分、人間のお願いだけだよねー?きっと。
    こんなちっちゃい私の願いなんて、さすがに叶えてくれないよね…

B   …どんな願いなんだ?

A   ……いつまで、この生活は続くの?

B   え?

A   私は、このまま、この世界で何もできないまま…。
    毎日は楽しいよ…でも、何も変わらないの。
    私は…この中で、ずっと生き続けるのかな?

B   …ヒュー

A   私、分からなくなってきちゃった…

B   お願いだから!!…そんなこと言うなよ…っ!!

A   !!!…っ…ごめん…

B   別に謝ってもらいたいわけじゃなくて!!………、あ…

A   ……?どうしたの?

B   …ううん。ちょっと…昔のことを、ね

A   …え?

B   気にしないで。
    …俺の方こそ…感情的になっちゃって…怖かっただろ?ごめんな

A   …純一が謝ることなんて、何もないよ?

B   …ありがとな、ヒュー

A   …

B   …ヒュー…

A   …何?純一

B   ……クリスマスはさ…?大切な人と、一緒に過ごすもんなんだ。
    だからさ……今年はヒューと一緒に過ごしたいと思ってる

A   私、人じゃないよ?

B   そんなの関係ないよ。大切だっていう気持ちは、一緒だろ?

A   ……ねぇ、純一

B   うん

A   …真奈美さんは、元気?

B   ……どうかな

A   …やっぱりあれから会ってないんだ

B   もういいんだよ…真奈美のことは。
    毎日働いて…きっと職場とかで良い人に出会えてるだろうさ。
    俺以外の人と、恋をして、一緒にどこか色んな所…旅に行くんだよ。
    あいつ働き出したら色んな所へ旅行行きたいって言ってたからなー。
    たくさんの所歩き回って、色んな景色を二人で見ながら、お互いのこと話し合って、どんどん好きになって…。
    結婚して…子供も産んで…家族になっていって…幸せになるんだよ。
    そしたら、きっと…真奈美の両親も安心するはず…

A   純一っ

B   ん?…どうした?

A   それはこっちの台詞だよ…

B   え…?

A   今の純一…すごく…悲しそうで…辛そうな顔してるよ?

B   …そんなこと

A   ……なんでそんな顔してるの?
    ほんとは…全然大丈夫じゃないんでしょ?
    …会いたいんでしょ?

B   !!…そんなこと、ないさ

A   嘘ばっかりっ!!…そんなのっ…、そんな顔見たら嘘だって分かるんだから…っ

B   …そういうお前も…なんていう顔してんだか…全く…

A   だって…っ…

B   いいんだよ。…これでいいんだ

A   ……

B   ……ほーら?それよりも!ヒューも、クリスマス…。
    …何願うか考えておけよ?

A   …うん。考えとくよ


***


B)  ヒューが願う事なら、どんなことでも叶えてやりたい。
    家族に見捨てられて、必要ないと言われて、行き場を失って…。
    その姿を、今の自分と、重ねてしまっていたのかもしれない。
    だから…空は飛べないけれど、何か別の楽しみを少しでも見つけてやれたらと…ずっと考えていた。
    俺が、ヒューのサンタクロースになって、クリスマスに何かしてやれたらと。
    そう思ったんだ。
    そして、月日が経ち、今日は12月24日。
    …クリスマス前日となった。

A   …明日は、12月25日。
    とうとう純一が話してくれてたクリスマスだよね?

B   12月入ってから、あっという間だったな。
    最近ずっと忙しかったから、相手してやれなくてごめんな

A   いいよ。
    純一、最近勉強夜遅くまでずっとがんばってたからね

B   まぁ今年最後の模試のために、ちょっと頑張ろってね?
    でも、もうそれも終わったから、クリスマスぐらいはゆっくりできるぞー?
    それで…ヒュー?願い事は、決まったのか?

A   うん…一応ね

B   ヒューが叶えてほしいことなら、サンタクロースは何でも叶えてくれるぞー!
    ヒューは何をお願いするんだろうな?
    俺にも教えてくれよな?

A   まだクリスマスじゃないから…明日になったらね?

B   明日かー。
    あ…そうだ。ヒューには言ってなかっただろうけど、クリスマスの前日は、な?
    クリスマス・イブって行って、もう半分クリスマスみたいなもんなんだよ

A   クリスマス…イブ…。そうなんだ

B   イブの方が、クリスマスだ!って言う人もいるくらいだし。
    だからもう今日がクリスマス本番みたいなもんだよ!

A   そっか…。
    それじゃ、もうサンタクロースは、来てるのかな?

B   もう日本には来てるんじゃないかー?
    今日は街は人だらけだから、サンタクロースも迷子になってるかもな?
    ジングルベルの音楽もそこらかしこで聞こえてて、外もにぎやかだぞー?

A   そうなんだ。……窓、開けてくれる?

B   ん?珍しいな?日頃は窓開けたがらないのに

A   外の音も少し…聞いてみたいなーって思ったし…。サンタクロースが入ってくるかもしれないからね…?

B   ふーん?…いいけど、外寒いぞ?

A   少しぐらい平気よ。

B   なら、開けるぞ?…ほら

A   …わぁ、ほんと…楽しそうな…にぎやかな音楽が聞こえる。
    それに…いろんな色が見えて、人がたくさんいて…すごく綺麗ね

B   こんな街の端くれの場所でも、この賑わい様なんだからすごいよなー。
    ほんとはもっと中心街の方がすごいんだけど、そこにヒューを連れていくわけにもいかないからなー。
    だから、ここからの風景だけで勘弁な?

A   大丈夫。ここからでも十分楽しめているから……あ…

B   …ん?どうかしたか?

A   星…

B   え?

A   …北極星が見える

B   …あれか?ほんとだ。今日は雲ひとつないから、きれいに見えるな

A   ほんと…きれい…。

B   北極星とか…小学生の時に習ったっけか?。
    すごく明るい星なんだな。こうやってしっかりと見たのは初めてかも…。
    それにしても…星のことなんて、ヒュー…よく知ってるんだな?

A   うん…。
    …あの星からね、どんどん離れて、見えなくなったらね?
    南の島に行けるって…昔…父さんが…教えてくれたんだ

B   …そうだったのか

A   だから、あの星が私…少しだけ怖かった。
    まだあれが見えてるってことは、渡れてないってことだから…。
    でも、こうして見てみると、すごく明るくて、綺麗な星なんだね。
    知らなかったなぁ…

B   考え方や感じ方は、年月で変わっていくさ。
    ヒューも…そうやって…これから、たくさん、たくさん変わっていくよ

A   そっか……………っ…変わって…いける、のかな…

B   …ヒュー?

A   …あ。ごめん…。
    あ!そうだー特製のごはん持ってきて!
    この景色と雰囲気を感じながら、おいしいの食べたい!

B   …しょうがないなー…

A   もう半分クリスマスなんでしょ?
    だったら…最近構ってくれなかったんだし、今日ぐらいわがまま聞いてくれても良いでしょ?

B   まだ、イブだけどな!

A   ケチなこと言わないのー!

B   はいはい、ちょっと待っててなー?
    今持ってきますよーヒューお嬢様ー?

A   …。
    ありがとね、純一。
    …。
    今のうちに…よいしょっと…。
    わぁ…息が白いや。ここまで外の方に身を乗り出すと、ほんと寒いな…。
    これが冬っていう季節なんだ…。
    これじゃ、私達はさすがに生きていけないなー。
    父さんと母さん達が言ってた通りだな…。
    …お姉ちゃん達は、南の島で…今頃元気に過ごせてるのかな?
    …私も…皆と一緒に…居たかったなぁ…。
    皆と同じように…空へ…飛んで…。
    ……………私…っ、…私………っ…!!

B   お待たせー、今日は特製の活きがいい奴取ってきたぞー…って?!

A   おかえり、純一

B   …おい…?なんでそんな外の縁に座ってるんだよ?!
    危ないだろ!!早く中に戻…

A   純一?私ね?
    このままでもいいかなって、本気で思ってたんだよ?
    純一の帰りを待って、空を見ながら、ご飯を食べるの。
    帰ってきたら、純一とその日一日あった出来事の話を聞いて、いっぱい話をして、のんびりするの。
    毎日が平穏で、楽しくって、暖かいこの部屋での生活は、すごく心地よかったの…。
    お腹もいっぱいで、寒くなくて、純一のおかげで幸せな毎日で………それで…

B   …?

A   ……

B   …ヒュー?

A   でもね…なぜか…なんだか分からないんだけど…無性に突然悲しくなるんだ

B   …え

A   最初は、少し疲れてるのかなって思ってたんだ。
    でもね?寝ても…何度寝ても…寂しくて、悲しくて…独りじゃないのにね?
    …この大きな空を見ているせいなのかな?

B   …空は、広いからな…ずっと見ていたら、遠くの方へ吸い込まれそうな気分になる。
    そのせいで、ヒューさ?…少し眩暈でも起こしちゃったんだろ?
    ほらさ?だから……早くこっちへ戻って来いよ

A   …そうね?そうしたら、純一がいつもの様に温かく迎え入れてくれるわね。
    でも……純一。私ね?
    もう一度、この空を飛んでみたいの。
    純一が、毎日勉強がんばってるみたいに…私も、何か挑戦をしたいの

B   でも!それで怪我とかしたら、今度こそ、骨が折れて取り返しのつかないことになるかもしれないんだぞ?
    そんな危ないことする必要ないだろ?しない方がいいに決まってる!
    それにっ!…今は寒いし、凍えちゃうし…また時期を改めてすればきっと

A   今!この決意を捨てたら、もう二度と私は動けない気がするの!!
    危ないのは分かってるんだよ?
    でもね?無理なんだよ。
    …空が恋しいの。この空は、私の胸を締め付けるの。
    だから…ごめんなさい

B   ヒュー…!待て…待ってくれ…

A   あ、そうだ…。
    クリスマスの願い事、まだしてなかった…。
    サンタクロースさん?お願いしていいかな?

B   …え

A   クリスマス、真奈美さんと会ってあげてね

B   …!!ヒュー!!

B)  彼女の小さな身体は空を駆けていった。
    最初より少し大きくなった、背中の翼を広げ、全身で風を受け止めて、すぅっと滑空する。
    その姿は、きっと本来の彼女の姿なんだろう。
    部屋の中では見せない、自然の姿。
    まさに、自由、そのものだった。

A   私!飛んでる…っ空を飛んでるよ!!
    嬉しい…!すごい…夢みたい…っ。見て!純一!
    このまま、ずっと遠くまで飛んでいけたら、母さん達に…。
    あっ…

B   ヒュー?!

B)  くるっと弧を描き終わったその瞬間。
    プツンと枝から切り離された木の葉の様に、下へ真っ逆さまに落ちていき、見えなくなってしまった。
    羽が数枚まだ宙を舞っているのを横目に、俺は、全速力でアパートの階段を駆け下りていった。

B   ヒュー…おいヒュー!!

A   ……

B   返事をしろよ?
    …さっきまで…あんなに元気だっただろ…?
    一緒に、俺が居てやるって言ったのに…どうして…っ。
    結局…俺は…何も…

A   …じゅん…いち?

B   ヒュー?!
    良かった…大丈夫か?
    何無茶してんだよ!
    早く医者に…

A   いいの…これでいいの、純一

B   …え?何言って

A   ここ…初めて…純一と会った場所…だよね?
    本来あるべき姿に、戻っただけよ…?
    何も後悔していない…。
    さっき…一瞬だけでも、私は空を舞うことができた。
    純一?あなたのおかげよ?ありがとう…。
    生きている…って、思えて…すごく、しあわせ…で…私…

B   …ヒュー…?
    お前、身体が…?

A   …

B   …おいおい…なんで、普通の姿に…なってんだよ?
    確かにお前チビだったけど…こんなにも…小さくて…。
    こんなんじゃ!俺の手より…小さいじゃないかっ…っ。
    …っ。
    …こんなに小さかったんだな…?それなのにあんなにさっきがんばって…飛んで…。
    最初会ったときは、腕、全然動かなかったのにな?
    頑張ってたんだな…お前……。
    俺、結局全然…何も………
    ヒュー…っ……


B)   俺は、近くにある公園の隅に、小さなヒューを埋めた。
    もう人の姿ではない。本来の姿の彼女が、そこにいた。
    あんなに笑って、怒って、泣いて、口げんかしていた相手が、こんなにも小さい相手だったのか。
    もう冷たくなってしまった身体には、小さいながらも立派な翼が生えている。
    この翼で、確かに彼女は空を舞った。
    力強く、必死に、最後まで彼女は自分らしく生きていたんだ。
    ……なぜ会話ができていたのか、なんて、今更どうでもいい。
    俺は…最初から、彼女を救おうとした行為自体、無駄だったんだろうか?
    自分の傲慢さが、余計に彼女を苦しめたんじゃないだろうか
    最後に「幸せ」と言った、彼女の言葉は、俺に対する優しい嘘で…本当は…。


E)  死ぬべき運命だったものを救い、正しい行いをしていると勘違いしているのは、お前だ。

A)  どうして私みたいな、何もできないって分かってる奴を助けたのよ!!
    私も皆みたいに、空を舞いたかった。こんな飛べない羽で、どうやって生きていけって言うのよ!!

D)  貴方の中途半端な偽善で、私はこんなにも苦しい思いをしなきゃいけなくなった。

A)  許さない…絶対に貴方を許さないんだから…!!


B)  ヒューの姉さん、母さん、ヒュー自身の声が蘇って聞こえてくるような…幻聴に襲われる。
    憎んでたんじゃないだろうか?怨んでたんじゃないだろうか?
    でもね?ごめん。落ちたヒューを一目見た瞬間に、俺がヒューを愛おしいと感じてしまったんだ。
    背中の羽以外は、俺たちと何も変わらない。同じ生き物同士じゃないか?
    命が目の前で費えていくのを、ただ見守っとけって言うのか?
    そんなの俺は…耐えられない!
    俺は…そんな自分勝手な人間なんだ…。
    なのに…ヒューはいつも、俺のことばかり考えてくれてて…。
    与えられてばっかりで…。最後まで…俺のことを…。
    小さな弔いを終えたと同時に、少し懐かしい着信音が鳴り響いた。


B   …『真奈美』

A)  『クリスマス、真奈美さんと会ってあげてね』

B   ヒュー…。
    ……もしもし。久しぶり…元気だった?真奈美…


***


B   …

C   純一?

B   真奈美…

C   どうしたのそんな薄着で?

B   ちょっと…急ぎで外に出たもんだったから…すぐ戻るつもりだったし

C   受験生が何油断してるのよ!そんな格好のままだと、あっという間に風邪ひくよ?
    あ。夜、もう何か食べた?

B   いや、まだだけど…

C   …そんなことだろうと思った…。
    服そのまんまだと、あれだし…一度純一の家に戻ろ?

B   うん…


***


C   …お邪魔しまーす。
    って…あれ?ヒューちゃんは?

B   …ヒューは…

C   …純一?

B   あのさ、真奈美

C   何?

B   怒ってないのか?

C   何を?

B   連絡、ずっととってなかっただろ?

C   …私からも、ずっと何もしなかったでしょ?

B   そうだけど…

C   だったら引き分け、でしょ?
    それに…私、「待ってる」って言ったじゃない?

B   …そう、だったな

C   でも。結局、今日連絡取っちゃったけどね…。
    なんかね?さっき、急に…ヒューちゃんのね…声が聞こえた気がしたの。
    変だよね?どんな声かも分からないのに…なんだか、そんな気がしたの

B   …そう

C   で、ダメ元でかけたら、電話出てくれて…会ってもいい、って言ってくれるし…。
    嬉しくて…でもさ?何かあったのかなって…思って…

B   真奈美

C   何?

B   ヒューってさ…?小さかったんだな

C   …何今頃

B   俺の手の平ほどしかなくて…びっくりした

C   …もしかして…。
    純一?目、元に戻ったの?
    もう人に見えたりしないの?

B   うん。見えなくなった…

C   …わぁ!!良かったね!声は?

B   声も…もう聞こえないよ

C   きっとヒューちゃんのおかげね!でも…どんなきっかけで治ったの?
    私も、ヒューちゃんにお礼を言わないと!

B   ヒューは…もういないよ

C   え?それって…

B   ヒューは………ちゃんと、飛んだよ
    あんなにちっちゃい身体で翼バタバタさせて、必死に飛んでた

C   …そっか。……渡っちゃったの?

B   うん……俺と一緒に居れて、幸せだったって、言って、向こう側にいったよ…

C   …そう

B   あんなちっちゃい奴なのに…最後まで、俺…、励まされっぱなしだった…

C   強い子だったんだね

B   …頑張んなきゃな、俺

C   そうだね…あの子も…ヒューちゃんも頑張れたんだから、純一も頑張れるよ、きっと

B   うん…

C   …

B   あのさ、真奈美?

C   何?

B   突然いなくなった時のこと…今更なんだけど、ごめん

C   え

B   俺、真奈美から離れた方がいいって思って…。
    相談もなしに、自分勝手で…。
    でも!俺、今度こそ、頑張るから!

C   純一…

B   試験受かって、就職して…今度こそ、真奈美の両親に認めてもらって…。
    迎えにいくから…。
    俺達の約束…まだ覚えてくれてる?

C   …忘れる訳ないでしょ?
    「一緒に暮らそう」って…そして、「ずっと一緒にいよう」って

B   もう少し…待ってて…くれるか?

C   …馬鹿。
    私はね?試験に落ちても、受かってても、どちらの純一でも良かったのよ?
    何度だってチャンスはあるんだし、また頑張ろって思えたら、それで良かったのよ?
    それなのに…ごめんね?

B   真奈美…?

C   私、知ってたんだよ?純一の隠してたこと

B   …何のこと?

C   …私の父さんと母さんがね?
    純一に「すまなかった」って、伝えてくれって…

B   …それは

C   会社のオリエンテーションから帰ってきたあの日に…そのことを聞いて、急いで連絡とろうとしたら…。
    純一どこにもいなくなっちゃって…。
    ようやく見つけたって思ったら…純一何も言わないし。
    私が傷つかないように…色々気を遣ってくれてたんだよね?
    その優しさが、逆に私には苦しくって…。
    私も、ずっと言えなくて…ごめんなさい

B   …そうだったのか。
    知ってたんだな…

C   今日もね?
    母さんが、「純一くん呼んだら?」って…。
    父さんも…私たちのこと心配してて…それもあったから、電話してみようって…思えて。
    だって…私達にとっては…もう純一は家族みたいなものだったから…それであの日も…

B   …

C   純一?怒ってる?

B   いや…。ちょっと思い出してたんだ…。
    「家族だからこそ、真実を言ってあげた」って…ヒューの母さんが言ってたから…。
    優しい嘘なんて、所詮、嘘は嘘だもんな?
    俺はヒューを傷付けるのを怖がって、本当のことを伝えようとせずに逃げ続けてばかりだった。
    ちゃんと真実を言うべき所で…伝えることが、本当の意味で真正面から向き合うってことなのに…。
    俺は…それを分かっていなかったんだ…

C   純一…

B   ありがとう、真奈美

B   ……うん

B   …

C   …ヒューちゃんに感謝しなきゃね

B   …そうだな

C   ………もしかしたら、ヒューちゃんは…サンタさんの…空からの贈り物だったのかな?
    今頃…サンタさんと一緒に、大きな広い空をきもちよく飛んでるんだろうな…きっと

B   …かもな

C   …純一

B   ん?

C   …メリークリスマス

B   ……メリークリスマス、真奈美















































LOLチャンネル主催のクリスマス企画に参加して、創りました!!

参加表明締め切りぎりぎりのタイミングで、できあがり…ホッとしましたが、楽しい創作時間でした。

この企画を立案してくださったレンガさんに感謝です。

この作品を演じてくれる方、聞いてくれる方、読んでくれる方…どこかの誰かのどきどきやわくわくに繋がれば幸いです。

そして!ここまで見てくださってるあなたに…本当にありがとうございました!!

2015/12/20 りり~
     
 
           
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