題名 |
公開日 |
人数(男:女) |
時間 |
こんな話 |
テキスト |
作者 |
桜の咲く場所 |
2013/08/31 |
2(1:1) |
15分 |
桜の木の下で、二人は再会する |
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シン |
登場人物 |
性別 |
その他 |
桜介(おうすけ) |
♂ |
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さくら |
♀ |
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桜の咲く場所
公園のような場所。
桜の木には満開の桜。ひらひらと舞い落ちる花びら。
ベンチに座り、微笑んでそれを見つめる一人の女性。
白髪ですでに老人と言われる域に入って久しい様子。
男 こんにちは
いつの間に近づいていたのか、一人の青年がベンチの脇に立っていた。
女 こんにちは。…あら…
男 隣り、座ってもいいですか?
女 …ふふ
男 どうかしました?
女 いいえ、なんでもないわ。お隣りどうぞ
男 ありがとうございます
男も女性の隣りに座って桜を見る。
男 きれいですね、桜
女 ええ、とても
男 桜、すきですか?
女 どうかしら…
男 嫌いですか?
女 いいえ、嫌いではないの
男 でも好きではない?
女 ひとことで好き、と言い切るには色々な思い出があるから…
男 嫌な思い出があるんですか?
女 嫌な…悲しい思い出も、とてもいい思い出もあるの
男 それは聞いてもいいですか?
女 ええ、貴方になら
男 …ありがとうございます
女 どちらから聞きたい?
男 そうですね…では、悲しい思い出からでもいいですか?
女 ええ。悲しい思い出…桜は、大切な人を連れて行ってしまった花なの
男 桜が連れて行ってしまった?
女 正確に言うと全く違うのだけど
男 どういうことですか?
女 夫が亡くなった日、亡くなった場所では満開の桜が咲き乱れていたから
男 ああ…
女 事故、だったの…。三人目の子が二歳になってすぐ、綺麗に桜の咲いた道で、猫を避けた車が…
男 …
女 急なことだったでしょうし、もしかしたらあの人、桜に見惚れていたのかもしれないわね
男 見惚れていた?
女 桜が好きな人だったから…。桜は好き?
男 僕はずっと桜が好きです
女 そうなの
男 大切な人の名前でもある、儚く綺麗で強い花ですから
女 …そうなの…
男 いい思い出は?
女 初めて夫と出会ったのが、丁度こういう風に桜が綺麗な公園だったの
男 どんな出会いだったんですか?
女 ふふ…私がこうやってベンチに座って何となく桜を見ていたら、丁度さっきの貴方みたいに…
男 『隣り、座ってもいいですか?』って?
女 そう、同じように聞かれたの
男 ナンパですね
女 ふふ、そうね。…それから、同じ公園でたまに出会うようになって…
男 会話をしていくうちに、魅かれていった
女 ええ
男 どういう所が好きだった?
女 どこ…なんて言い切れないわ。笑ったときに出来る目じりのしわとか、からかったらちょっと涙目になるところとか、
お酒を飲むと話が長くなるところとか、不機嫌な時に何でもないって言いながらもすごく話を聞いてほしそうにして
るところとか、全部好きだわ
男 …めんどくさそうな男ですね
女 ふふ、そうね。でも、そういうところも可愛くて、とても優しくて、いざという時は頼りになって約束は必ず守って
くれる人だわ
男 そっか…
女 貴方は?
男 え?
女 どういうところが好きだったの?
男 ……そうだね、僕もどこ、なんて言い切れないよ。笑ったときのえくぼとか、いじわるしてる時の妙にいきいきと
輝いている目とか、お酒に弱くてすぐに真っ赤になるところとか、機嫌が悪いときに無言で僕のほっぺたひっぱ
るところとか。ちょっとSっ気があって、ちょっと暴力的で、ちょっと扱いづらいところとか、全部好きだよ
女 …そんな風に思ってたのね
男 でも、Sっ気あって暴力的で、扱いづらくても、やっぱり儚くて綺麗で強い貴女を、ずっと好きだよ、さくらさん
女 …ふふ、私も、ずっとずっと、貴方が逝ってしまってからも、ずっと、貴方だけを好きよ、桜介(おうすけ)さん
男 いつから気づいてたの?
女 もちろん最初から。私が貴方の顔を覚えていないとでも思ったの?
男 そうは思ってないけど、もしそうだったら悲しいなって
女 ずっとずっとずーっと貴方を思って生きてきたのに、忘れるはずがないじゃない
男 そっか
女 もし逆に私が死んでしまっていたら、貴方は忘れていた?
男 まさか。僕もずっとずっとずーっと、さくらさんだけが好きだ
女 どうかしら?
男 疑うの?
女 でも生きていれば色んな人に会うもの、仮定の話をされても信じていいかわからないわ
男 でも、僕はきっとさくらさんしか好きにならないよ
女 そんなの口ではどうとでも言えるもの
男 でも、そんなこと言われたって、どうやって証明したらいいのか…
女 …ふふ、やっぱり変わってないわね
男 え?
女 涙目。泣きそうよ?
男 それはさくらさんが意地悪言うから…
女 ふふふ、ごめんなさい
男 …さくらさんも変わってない、そうやって楽しそうに綺麗に笑うから怒れないよ
女 …私は、年をとったわ。しわしわのおばあちゃんになっちゃったもの
男 変わってないよ、今も昔と変わらず綺麗だ
女 …ありがとう。…貴方に会ったら言いたいことがいっぱいあったのに、会ったらもうそれだけで嬉しくて、何を
話すのかわからなくなっちゃった
男 大丈夫。少しずつ、ゆっくり話そう。時間ならもういっぱいある
女 そうね…。でも、ちょっと恥ずかしいわ
男 何が?
女 貴方は若いままなのに、私はおばあちゃんなんだもん。まるで孫とおばあちゃんみたい
男 なんだ、そんなことか
女 女性にとってはそんなことじゃないのよ
男 大丈夫だよ、さっきも言ったように君は変わっていない、綺麗だよ
女 貴方がそう言ってくれても私が少し気にしてしまうもの
男 だから、そうじゃないって。自分の手を見てごらん
女 え…?え…しわが…
男 こっちへおいで
男が女の手を引いて少し先にある湖へと歩いていく。
男 生憎僕は鏡とか持ってないから。この湖を覗いてごらん
女 …若くなってる…
男 ここは現世じゃないから
女 いつから…
男 僕と話しているうちに少しずつね
女 …もう。言ってくれればいいのに
男 僕はどんなさくらさんでもいいもの。おばあちゃんのさくらさんもチャーミングでかわいかった。
さくらさんは、もし僕がおじいちゃんだったら嫌だった?
女 そんなわけないわ。私だってどんな桜介さんでも大好き。きっとおじいさんの桜介さんも可愛いんでしょうね
男 …そこはダンディーとか渋いって言ってほしかったな
女 ふふふ、桜介さんはそういう風にはならない気がするもの
男 …むー
女 そういうところが可愛いのよ
男 そうですか…
女 …これからは、ずっと一緒にいられる?
男 もちろん。ずっと一緒だ
女 いっぱい、いっぱい話したいことがあるの。貴方がいなくなって、子供たちが育って…
男 いっぱいいっぱい話そう。子供のこと、孫のこと、さくらさんのこと。全部全部聞きたい
女 時間はいっぱいあるものね
男 飽きるほど、飽きるまでずっとずっと一緒だ
女 そんな時が来るかしら?
男 どうだろうね?じゃあそれを確かめよう
女 何十年、何百年先になるかしら
男 何千年、何万年かもしれない
女 ふふふ、先は長いわね
男 どっちが先にギブアップするかな
女 あら、負けない自信があるわ
男 僕だって
女 負けず嫌いね
男 君だって
男と女が顔を見合わせて小さく噴き出す。
朗らかな微笑みを包むように、桜があたりを包んだ。
END
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