題名  公開日   人数(男:女)  時間  こんな話 テキスト   作者
 護衛の美学 2013/10/24  2(1:1) 15分  ストーカー≠護衛。守りますから!!死人なしレアだ。    シン


登場人物 性別 その他
さつき
安原


「護衛の美学」



ある喫茶店。
店内はそれなりに人がいてざわめきはあるが、うるさいほどではない。
その一角で向かい合う男女。
男はそわそわと落ち着きがない。
一方の女は既に出されているカップに口をつけ、それを置いて小さくため息を吐く。


さつき  …で?

安原   …はい?

さつき  『はい?』じゃないわよ

安原   あ、はい

さつき  だから『はい』じゃないって言ってんでしょ

安原   はい、すいません…

さつき  だからぁ…って、こんなこと言ってたら話進まないわ。とりあえず、名前

安原   は?

さつき  だから、あんたの名前は何なのよ

安原   あ、安原と申します

さつき  フルネーム

安原   安原宗司です

さつき  ふーん。で、わかってるわよね

安原   …えっと、何のことですか?

さつき  なんでここに連れて来られたか、わかってんのかって言ってんの

安原   …えーっと…

さつき  はぁ?

安原   あの、だって、いつものようにしていたのに…

さつき  いつものようにしてたのに、急に私に腕を捕まれて連れて来られたって?

安原   えっと、はい…

さつき  その、いつものようにってどんな過ごし方なのよ

安原   えっと、朝起きて、さつきさんの家に置いてきた盗聴器の音を確認しながら家を出る準備して、
      さつきさんが家を出るのを見届ける為に家を出て、さつきさんが家を出たのを見届けたら、
      危なくないようにその後を付いて行って…

さつき  もういい!

安原   え?

さつき  もういいって言ってんの!要するに、私のストーキングをしていたってことよね

安原   そんな、ストーカーだなんて。僕はたださつきさんが危なくないようにいつも見守っているだけです

さつき  見守るのに盗聴する必要なんてないでしょ

安原   最近は物騒ですから、家でも何かあるかもしれないじゃないですか

さつき  家で何かあったとして、あんたに何ができるっていうのよ

安原   僕この前さつきさんが住んでる部屋の、上の部屋に引っ越したので、何かあったらお預かりしている鍵で中に入って助けます

さつき  …もしかして、一週間くらい前…

安原   そうです。あ、ご存じだったんですか?

さつき  引っ越しのトラックが来てるの見た…

安原   前はちょっと遠い所だったので、これで安心ですね

さつき  逆に不安だっつの!

安原   え?何でですか?

さつき  大体預かってるって、私が、いつ!あんたに!鍵なんて預けたのよ!

安原   二か月くらい前に、鍵落としましたよね?

さつき  え…?…んー?…あー、そういえば…家の前に落としてたわ

安原   え?さつきさん、道歩いてる時に落としたんですよ

さつき  え?

安原   きっと僕に家の鍵を持ってて欲しくて落としたんだろうな、と思ってちゃんと拾いましたよ。
      でも、僕がずっと持っていたら、さつきさんが家に入れなくて困るだろうと思って、合鍵作って家の前に戻しておいたんです

さつき  …はぁ?

安原   さつきさん、照れ屋さんだから直接言うのは恥ずかしいんだって、僕は分かってますから大丈夫ですよ

さつき  何が大丈夫なのよ!

安原   僕はさつきさんの言いたくて言えないこと全部わかりますから

さつき  ぜんっぜん分かってない!

安原   またまた照れちゃってー

さつき  だーかーらー!…あーもう、とりあえず、それはいいわ。…良くはないけど。
      ていうか、あんた、あの盗聴器は何なのよ

安原   何って、何がですか?

さつき  いやいや、あの盗聴器明らかにおかしいでしょ

安原   別に普通の盗聴器ですよ?

さつき  いや、あれ盗聴っていうか、盗み聞く気、明らかにないじゃない。
      家に帰ったら玄関前に置いてあって、
      『盗聴器ですので、家の中の音を聞かせてもいいと思う時はスイッチを入れてください』
      ってメモまで一緒に入れてあるって。それ、もう盗聴じゃないし。
      ていうか、そんなもん誰がスイッチなんて入れるのよ

安原   でも勝手に人の家の音聞くなんて失礼じゃないですか

さつき  勝手に!音を聞くことを!盗聴っていうのよ!

安原   僕はそんな失礼なことできませんよ。まったく、そんな非常識なことをする人がいるなんて信じられませんよね

さつき  確かに盗聴は非常識だけど、あんたもかなり非常識よ!

安原   …僕のどこが?

さつき  臆面もなくそんなこと言ってるとこよ!

安原   …?

さつき  常識のある人はストーカーなんてしないし

安原   だから僕はストーカーじゃないですよ

さつき  人が落とした鍵から勝手に合鍵つくらないし

安原   やだなー、あれはさつきさんが僕の為に置いてくれたんじゃないですか

さつき  …挙句の果てに、意味分からない置き方で意味のない盗聴器なんて置いて行かないわよ!

安原   いつか、さつきさんが僕に全てを知ってほしいと思う時の為ですよ。備えあれば憂いなしって言うじゃないですか

さつき  全く備えられてないし、憂いしかないわよ!
      大体なんで家の前に置いてんのよ!鍵あるんだから家の中に仕掛けることだって出来たでしょ!

安原   家の人がいないのに、勝手に家に入るのは非常識ですよ

さつき  …それはその通りよ。その通りだけど、あんたの口から非常識って言葉が出ること自体が納得できないのよ!

安原   さっきから、いくらさつきさんと言えどもちょっと失礼です

さつき  …ストーカーに失礼呼ばわりされた…

安原   だから僕はストーカーじゃなくて、影ながらさつきさんを見守っているだけです

さつき  …埒が明かない…

安原   まったくです

さつき  ……はぁ

安原   どうしたんですか?そんな大きなため息ついて。
      …あ、何か心配事ですか?僕はいつでも相談に乗りますよ

さつき  …頭痛い…

安原   風邪ですか?ダメですよ、無理しちゃ。風邪はひき始めが肝心ですから

さつき  あんたのせいだから!

安原   え?僕の?なんで?

さつき  …振り出し…

安原   振り出し?すごろくでもしたいんですか?今すぐにはちょっと難しいですね

さつき  あー!もうこれどうすればいいのよー!

安原   うわっ、どうしたんですか。急に大きな声出して

さつき  あんたの思考回路意味不明過ぎるのよー!

安原   人間、秘密のひとつやふたつくらいあった方が魅力的に見えるものですからね

さつき  じゃあ私のことも知ろうとしなくていいでしょ!

安原   さつきさんのことは、色々知っとかないと守れないじゃないですか

さつき  四六時中守られなきゃいけない程の何に狙われるっていうのよ!

安原   今はまだ平和かもしれないですけど、世の中一寸先は闇。何があるかわかないですからね

さつき  今のところあんたの存在が一番危ないのよ!

安原   え?僕が?やだなー、僕はさつきさんを守るためにいるんですから、危険なんて一ミクロンもないですよ

さつき  何その根拠のない、意味の分からない自信は!

安原   僕のことは、僕が一番わかりますから

さつき  何この異次元生物ー!

安原   え?どこにそんなものが?大丈夫、さつきさんのことは僕が守りますから

さつき  お前だー!

安原   さつきさん、人に指さしちゃいけませんよ

さつき  誰か通訳ー!

安原   さつきさん、そんなに大きな声出してたら周りの人に迷惑ですよ。落ち着いてください

さつき  はっ!…あ、えっと、お騒がせしてすいません!


さつき、はっとなって周りを見ると、喫茶店内にいる客の視線を集めていることに気付く。
店員も困ったようにこちらを見ている。
恥ずかしくて顔に熱が登るのが分かり、慌てて謝るとそのまま顔を伏せる。


さつき  うー…この店もう来れない…

安原   そんなに落ち込まないで下さい。人の噂も75日って言うじゃないですか

さつき  …あんたに注意されたことが一番恥ずかしい…

安原   失敗は誰にでもあることですよ!気にしないで下さい!

さつき  ……何このそこはかとなく際限なくふつふつと湧く理不尽さ(独り言のようにつぶやく)

安原   え?何か言いました?

さつき  …はぁー

安原   あ、またため息。頭痛いんですか?やっぱり風邪ですかね?

さつき  ………あー、もうわかった、これ以上は埒が明かないし、いいわ、私の負けで

安原   え?負け?さつきさんと僕、何か勝負してましたっけ?

さつき  とりあえず一週間、お試しで付き合ってあげる

安原   え?

さつき  あんたストーカーだけど、一応ギリギリプライバシーに触れることはしてないし、別に変な外見してないし

安原   え?あの、さつきさん?

さつき  とりあえず、一週間ちゃんと付き合ってあげる。それで様子見て、状況次第でもう少し伸ばしてあげるわ

安原   さつきさん、いったい何の話をしているんですか?

さつき  だーかーらー、あんたと付き合ってあげるって言ってるの

安原   え…

さつき  そうすればストーカーなんて変態じみたことしなくて済むでしょ。
      私も変に悩まされなくて済むし、何より私はあんたの謎思考とこれ以上言い合う元気ないわ

安原   あの、付き合うって、どこかへ一緒に出掛けるっていうことですか?
      僕、特にさつきさんに付き合ってほしい所とかないですけど

さつき  は?あんた何言ってんのよ。男と女として、お付き合いするって言ってんの

安原   僕と、さつきさんが?

さつき  それ以外誰がいるのよ

安原   …えーっと…ごめんなさい

さつき  何よ。ようやくストーカーしてたこと謝る気になった?

安原   いや、じゃなくて、さつきさんとはお付き合いできません、ごめんなさい

さつき  …は?

安原   さつきさんが僕のことを好きだったなんて…

さつき  …あんた、え?何いってんの?

安原   すいません。僕はさつきさんを恋愛対象として見れません

さつき  ………はああああ?

安原   鍵を預かった時に、ちょっとだけもしかしてって思ってたんですけど、僕を優秀な護衛と見込んでのことだと思っていたのに

さつき  ……え、いやいやいや、何そのいかにも残念です、みたいな言い方

安原   護衛対象に恋愛感情を持たれるなんて…やっぱり、ちょっとミステリアスで影ながら守る男ってかっこよく見えてしまうものなんですね

さつき  …何、その、魅力的な僕が悪いんですね、みたいな感じ

安原   僕がもうちょっとかっこ悪かったら、さつきさんがそんな叶わない恋心を抱くこともなかったのに

さつき  何で私があんたを好きなことになってんのよ!あんたが!私を好きなんでしょ!

安原   え?まさか。何でそうなるんですか

さつき  だってあんた私のストーカーでしょ!

安原   だからストーカーじゃないですよ。僕はただ、さつきさんを影ながら守っていただけです

さつき  だからそれがストーカーなの!好きだから、影ながら守ってるんでしょ!?

安原   違いますよ。さつきさんが、わざわざ僕の為に鍵を落として守って欲しいサインを出したから、影ながら守ることにしたんです

さつき  …はあ?何それ。じゃあ、あんた、二か月前に私が鍵を落としたから、それからストーカーしてたってこと?

安原   だからストーカーじゃありませんって

さつき  じゃあ、なんで私の名前知ってるのよ

安原   護衛対象の名前くらいは知らないといけないので、さつきさんがお友達と会話しているのを聞かせていただきました

さつき  ていうか、それって、もし鍵を落としたのが私じゃなくても、ストーカーしたってこと?

安原   だから、ストーカーじゃなくて、影からの護衛ですよ。そうですね。助けを求められたら出来る限り尽力するようにしていますから

さつき  …何なの…それ…

安原   だからすいません。さつきさんの気持ちには応えられません。
      護衛も、もういらないみたいですね。危険なことがなくてよかったです。
      盗聴器は処分してもらって構いませんよ。
      これからは、人に好きって伝える時はもう少し素直になった方がいいと思いますよ。
      じゃあ、これで失礼しますね


茫然とするさつきを置いて、そのまま爽やかに去っていく安原。
しばらくして、目の前の相手がいなくなっていることに気付くさつき。


さつき  …なんで私が振られたことになってるのよ!!
      しかもコーヒー代くらい置いて行きなさいよおおおおおおおおお!!!





 
 
   
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