題名  公開日   人数(男:女:不問)  時間  こんな話 テキスト   作者
 縁切り屋 ~絡まる絆、断ち切る縁~ 2013/10/26  5(1:3:1) 25分  縁は想いを紡ぎ、形なるもの    シン


登場人物 性別 その他
エン 不問
ユカリ かわいい女の子。明るめな子。エニシの対。
エニシ かわいい女の子。大人しめな子。ユカリの対。
木下聡子 女の子。
木下聡子の父。男の人。 


「縁切り屋 ~絡まる絆、断ち切る縁~」


ある室内。喫茶店のような雰囲気のカウンターがある。その中には調理台もある。
しかし、喫茶店というには何か良く分からない程にモノが溢れ返っている。
骨董屋のようにも見えるが、価値のなさそうなものもたくさんある。
スツールがカウンター前に3つ。
室内に唯一あるアンティーク調のローテブルには向かい合うようにしてソファが置いてある。
片方は三人程座れそうだが、もう片方は一人掛け。
一人掛けの方には人が座っている。



入り口であろう扉がゆっくりと開き、その扉につけてあるベルがチリリン…と遠慮がちに鳴る。


聡子   …あのう、ごめんください…。

エン    こんにちは。

聡子   えっ、あ、はい、こんにちはっ。

エン    何をそんなに驚いているのですか。人がいると思ったから、入ってきたのでしょう。

聡子   あ、はい、そうなんですけど…。

エン    どうぞ、遠慮なさらずにお座りください。

聡子   あ、はい。ありがとうございます。



恐る恐るという感じに、エンの向かいのソファに腰掛ける聡子。
すると、いつの間に居たのか、その背もたれの後ろから可愛らしい声が掛けられる。



ユカリ  いらっしゃい!

エニシ  いらっしゃい。

聡子   え?

ユカリ  こんにちは!

エニシ  こんにちは。

ユカリ  おねーさん、コーヒー?

エニシ  紅茶?

二人   それともお抹茶?どれにする?

聡子   え、あの、いつの間に…。

エン    二人とも、お客さんが来て嬉しいのは分かるけど、挨拶もなく後ろから声を掛けるのは失礼ですよ。

ユカリ  ごめんなさーい!

エニシ  ごめんなさい。

聡子   あ、いえ、それは大丈夫ですけど、どこから…。

ユカリ  おねーさん優しいね!

エニシ  優しいね。

ユカリ  嬉しいね!

エニシ  嬉しいね。

二人   だから特別なのを出そう!

聡子   えっと、あの…ありがとう…?

ユカリ  どういたしまして!

エニシ  それじゃあ早速。

二人   準備しよう!



二人でキャッキャしながらカウンターの中へ入っていく。



エン    すいません、二人とも久しぶりのお客さんだからはしゃいでるんです。

聡子   いえ、大丈夫ですけど…。

エン    お名前をお聞きしてもよろしいですか?

聡子   あ、木下聡子です。

エン    聡子さんですね、私はエンと申します。

ユカリ  あたしはユカリ!(カウンターの中から)

エニシ  わたしはエニシ。(同じくカウンターから)

エン    お気軽に、お好きなようにお呼び下さい。

聡子   エンさんと、ユカリちゃん、エニシちゃんですね。よろしくお願いします。

エン    はい、よろしくお願い致します。

聡子   あの、それで…あの…。

エン    聡子さんは、どのような経緯でこちらに来られたんですか?

聡子   あ、あの、噂を、聞いたんです。

エン    噂、ですか。

聡子   はい。…ここに来れば、あらゆる『縁(えん)』を切ってくれると。
      別れたい恋人や会いたくない知人。
      なかなか止められない癖なんかも、止められるようになったりすると聞きました。

エン    そうですか。

聡子   …やっぱり噂は噂、ですよね…。そんなあらゆる縁を切るなんて…。

エン    いいえ、本当のことですよ。

聡子   そうですよね。そんな…って、え!?本当なんですか!?

エン    ええ、本当です。それが噂のノリツッコミというやつですか。

聡子   いや、あの、まぁそうですね。ノリツッコミですね。

エン    初めて聞きました。ありがとうございます。

聡子   どういたしまして?

エン    その噂を聞いて来られたということは、聡子さんは何か切りたい縁がある、ということですね?

聡子   …はい。

エン    そうですか。

聡子   本当に…本当に、縁を切って、もう関わらないようにできるんですね。

エン    はい。関わらないように、ということは聡子さんは人との縁を切ることを望まれているのですね。

聡子   はい…あの、実は…。

ユカリ  お待たせしました!

エニシ  わたしたち特製の特別ドリンク。

二人   どうぞ召し上がれ!

聡子   あ、ありがとう。…あの、これ不思議な色してるんだけど…。

ユカリ  特製なの!

エニシ  特別なの。

二人   頑張ったの!

聡子   ぅ…えっと、いただき、ます。(覚悟を決めて不思議な色の飲み物を飲む)
      ……あ、美味しい。ありがとう、とっても美味しい。

ユカリ  やったね!

エニシ  やったね。

ユカリ  おねーさん。

エニシ  笑ったね。(二人でキャッキャとはしゃぐ)

聡子   え…?

エン    聡子さん、ずっと強張った顔をされてましたよ。
      少しは緊張が解れてきたようで何よりです。

聡子   あ…はい、ユカリちゃんとエニシちゃんのおかげです。

ユカリ  わーい!

エニシ  やった。

二人   褒められた!

聡子   二人とも、すごくかわいいですね。

エン    気にいって頂けたようで光栄です。

聡子   少しだけ、リラックスしてお話しできそうです。

エン    そうですか。

聡子   私が縁を切って頂きたいのは、実の父親なんです。

エン    お父さんですか。

聡子   はい。父は…。

エン    あ、理由はお話しにならなくても結構です。

聡子   え?お話ししなくてもいいんですか?

エン    ええ、気分次第では話して頂くこともありますが、聡子さんは大丈夫です。

聡子   気分、ですか。

エン    気分です。

聡子   あの、では、父との縁を切って頂けるんですね?

エン    ええ、もちろん。ただし、縁は想い。

ユカリ  想いは念。

エニシ  念は力。

エン    力は絆。一度絶たれた絆は、決して繋がることはない。

ユカリ  想いは途切れる。

エニシ  力は途絶える。

エン    切ったものを繋ぐことは出来ません。それでも、縁を切ることを望みますか。

聡子   …はい。二度と関わることが出来なくなろうとも、私はあの人との関係を断ちたいです。

エン    …そうですか、それではこちらへどうぞ。

聡子   あ、はい。



エンは立ち上がると、聡子が入ってきた扉とは反対にあるドアへと歩き出した。
聡子もそれについて立ち上がる。



エン    どうぞ、こちらへお入り下さい。

聡子   ここは…。

エン    縁を切るということは、逃げるということ。

ユカリ  放棄すること。

エニシ  諦めること。

エン    ここは完全に背を向ける前に、いま一度、それに向き合うための部屋です。

聡子   向き合う…?

エン    はい。

聡子   よく分からないですけど…でも、この部屋に入らないと縁は切ってもらえないんですよね?

エン    はい。この部屋でしか、切ることはできません。ただし、ここに入ったらもう後戻りはできません。
      それでも入りますか。

聡子   …はい、入ります。…失礼します。



覚悟を決めたように一拍置いてドアを開ける聡子。
中に入ると不思議な空間が広がっている。どこまで続いているのか、上も下も分からない。
自分が立っているのかも分からない、不思議な空間。



聡子   え、ここは…っ!ドアが消えてる…どういうこと…。

父    真佐子、よくがんばったな!ありがとう!

聡子   え?(突然後ろから聞こえた声に振り向く)

父    この子の名前は、『聡子』だ。賢く、強く生きて行けるように。

聡子   …お父さん…?でも、若い?どういうこと?

父    聡子は可愛いなぁ、いい子だ。これだけ可愛くていい子ならきっと幸せになれる。

聡子   昔のお父さん、なのかな…。

エン    そうです。

聡子   え!?エンさん、いつの間に、どうやってここに…。

エン    ここは絆に纏わる想いが現れる所。その想いを、存分に辿ってください。

父    真佐子!ちょっと来てくれ!聡子が、聡子が、寝返りうったんだ!

父    聡子、今、パパって、パパって言った…!聡子ー!聡子のパパだぞー!
      パパってもう一回行ってごらん!パーパー、パパだよー!

父    聡子も今日から保育園かぁ。そんなに泣きそうな顔しなくても大丈夫だ。
      いい子で可愛い聡子には、きっといっぱい友達ができる!

父    みんな可愛いけど、やっぱり聡子が一番かわいいなぁ。

父    もう小学校に通う年になったのかぁ。早いなぁ…。……聡子もいつか結婚するのかぁ。

聡子   …そうだった。お父さん、すごく優しくて、私のこと大切にしてくれた…。

父    聡子、お父さんが宿題見てやるよ。

父    聡子、どうして泣いてるんだ?…怖い夢?大丈夫、パパがいるからな。怖い夢なんてパパが退治してやるからな。

聡子   何で、何で今みたいなお父さんになったんだっけ…。

父    真佐子…俺、リストラされたみたいだ…。…そんな顔するなよ!大丈夫、すぐに次の仕事見つけるから!

聡子   …リストラ…。

父    今日も、ダメだった…。やっぱり会社だって若い奴がいいよなぁ。

父    悪い、今日はちょっと飲みたい気分なんだ。飲まなきゃやってられないよ…。

聡子   そうか、この頃から…。

父    あぁ?何だよ、昼から酒飲んで何が悪いんだよ。うっせーなー怒鳴るなよ。

父    仕事仕事ってうるさいんだよ!俺を雇おうとしない奴らが悪いんだ!俺は悪くない!

父    うるさいって言ってんだよ!お前は黙って俺の言うこと聞いてればいいんだ!酒!酒切れたから買ってこい!

聡子   お父さん、お母さんに暴力振るうようになったの、この頃からなんだ…。

父    なんだよ、金あるんじゃねーか、隠してんじゃねーよ。あ?聡子の修学旅行の積立金?
      なんだそれ。そんなもん行くな、金の無駄だ。

聡子   結局、一度も修学旅行、行ったことなかったなぁ…。

父    高校?んなもん行かねーで働いて家に金入れろ!誰がここまで育ててやったと思ってんだ!

聡子   …奨学金もらって、バイトして、何とか高校行ったけど、忙しすぎて楽しいことなんてほとんど無かった…。

父    真佐子!真佐子いねーのか!…出てった?まぁいい。もうお前が働けるしな。働いて酒買って来い。

父    あ?何で酒がねーんだよ。買ってこいって言ってんだよ!
      口答えすんな!っ…!(何かを殴る動作をした後、動揺したように視線を泳がせる)
      …さっさと酒買ってこい!また殴られてーのか!

聡子   お母さん、私が高校卒業するまで我慢してくれてたのかな…。

父    家を出てく?お前が出て行ったら誰が酒持ってくるんだ!許さねーからな。
      出て行っても探し出して連れ戻してやるからな。

聡子   …エンさん。

エン    なんでしょう。

聡子   最後まで見ました。これは、この前のことです。この時に殴られた痣もまだ残ってるくらい最近です。

エン    そうですか。

聡子   これで、縁が切れるんですよね。

エン    いいえ。

聡子   え?何で…。

エン    それ。貴女の腕。

聡子   腕?…なにこれ。縄…?いつの間に…。

エン    今、貴女の腕に巻かれているソレの先は、貴女のお父さんの腕に繋がっています。

聡子   本当だ…いつからあんなの巻いてたの?

エン    ソレが、『縁』です。ソレは想いが強ければ強い程、絆が深ければ深いほど、太く長くなります。

聡子   これ、私にはすごく太く見えます。しめ縄みたいに、見えます。
      それに、色々重なって絡まってるからどれくらいかは分からないですけど、すごく長くも見えます。

エン    そうですね。これ程太く長いのは、私も久しぶりに見ました。

聡子   私と父の絆が強く深いと…?まさか!あの人にとって私はお酒を運んでくるための道具に過ぎない。
      この縄に何か想いがあるのだとしたら、それはあの人のお酒への執着に過ぎません。

エン    それはどうでしょう。

父    聡子、すまない…。

聡子   え?

父    酒!酒が切れた!酒よこせ!

父    違う!俺は、聡子を殴りたくなんかない!

父    酒があれば聡子なんていなくてもいいんだ。

父    酒なんかより聡子の方が大事だ!聡子には幸せになってほしい!

聡子   何、これ?何をやってるの…?

父    アイツは俺の為に働いて家に金を入れて、酒を持ってくるんだ。一生そうやって生きるんだ。

父    そんなことは許さない!聡子は幸せになる為に生まれた。聡子は俺から逃げて、幸せに生きるんだ!

父    一生追ってやる。逃げるなんて許さない。

父    聡子の幸せを邪魔するのは許さない!

聡子   これは、いったい…?

エン    これが貴女とお父さんの絆を構成する想い。
      お酒への執着は確かに強い。しかしそれと同時に、彼は貴女を心から想っている。
      今、その想いがせめぎ合っているのです。

聡子   そんな、嘘…。

エン    私が貴女に嘘を吐く理由はありません。

父    酒!酒を寄こせ!

父    聡子、俺から逃げろ!

父    逃がすか!

父    幸せになれ!

父    酒っ…聡子…酒、酒を…聡子、聡子っ、聡子!うわあああああああ!

聡子   お父さん!

父    さ、とこ…。

エン    どうやら、お酒への執着より、貴女への想いの方が勝っているようですね。

聡子   そんな…お父さんは、こんな状態でも私を想っていてくれていたということですか?

エン    身体の症状と心の状態は必ずしも一致するとは限らない。
      貴女のお父さんにとって、貴女が一番大切なモノですが、それでも身体がお酒を求めてしまう。

聡子   でも、お父さんは私を大切に思ってくれている…。

エン    そうみたいですね。

父    聡子…どうか、幸せに…。

聡子   お父さん…。

エン    さて、きちんと向き合ったようですし、縁を切らせて頂きます。

聡子   え?

エン    この鎌でその縄を切ってしまえば、それで縁は切れます。これから先関わることは一切ないです。

聡子   お父さんと、縁を、切る。

エン    ええ、貴女はその為にここに来たのですから当然でしょう。

聡子   待って!私、お父さんは私のことなんてどうでもいいって考えてると思ってた。だから縁を切ってしまいたかった。
      でも、お父さんは私のこと考えてくれてる。お酒さえ絶てるようになれば、きっとまた元のお父さんに戻ってくれる!
      病院とか行って、ちゃんと治療させる。だから、お願い!やっぱりコレは切らないで!

エン    この部屋に入る前に言いましたよ。ここに入ったらもう後戻りは出来ないと。
      貴女のお父さんが本当はどんな想いでいたか、貴女がそれを見てどんなことを想うか、そんなことは関係ないのです。

聡子   そんな…!

エン    では、この縁、切らせて頂きます。

聡子   待って…!

父    聡子、愛しているよ。

聡子   お父さん!!…ぅ!




ユカリ  おねーさん寝ちゃったね!

エニシ  おねーさん寝ちゃったね。

ユカリ  なんで?

エニシ  どうして?

エン    縁を切った衝撃が強かったのでしょう。
      普通の縁であれば気を失うようなことないのですが、これほど強い縁だと身体への負担も大きいみたいですね。
      起きるまで休ませておきましょう。二人とも、彼女を運んでください。

二人   はーい!




不思議な空間ではない、元の喫茶店のような部屋。
ソファで横になっている聡子。気を失っている。
その向かいに座り、紅茶の入ったカップを傾けるエン。


聡子   ぅ…ん…。あれ…?ここは…。

エン    気が付きましたか。大丈夫ですか?

聡子   え、はい。あの、ここは?それに私どうして寝てたんですか?

エン    貴女がこの店の前で倒れていたので、こちらにお連れしました。

聡子   え!ご迷惑おかけしてすいません!私、ちょっと疲れてたみたいで…。

エン    大丈夫ですよ。体調には気を付けてくださいね。

聡子   すいません、ありがとうございました。休ませていただいて随分楽になりました。

エン    それはよかったです。

聡子   すいません、お世話になりました。今度お礼に何か持ってきますので!

エン    お気になさらずに。

聡子   いいえ!本当にご迷惑お掛けしてすいません!今日は失礼します。またお礼を持って伺いますので!

エン    …お気を付けて。

ユカリ  おねーさんいっちゃった!

エニシ  おねーさんバイバイ。

ユカリ  覚えてなかったね!

エニシ  覚えてなかった。

ユカリ  全部忘れちゃったの?

エニシ  何も覚えていないの?

エン    覚えていますよ。ただすごく思い出しにくくなっているのです。
      そして、時間が経てば本当に忘れてしまいます。
      彼女の腕に残っている、縁の縄の切れ端が朽ちて無くなってしまえば、もうお父さんのことを思い出すこともないでしょう。

ユカリ  おねーさん泣いてた!

エニシ  おねーさん切らないでって言った。

ユカリ  切っちゃったね!

エニシ  切っちゃった。

ユカリ  縁もゆかりもなくなった!

エニシ  絆は途切れて消えちゃった。

ユカリ  おねーさん泣いてた!

エニシ  優しいおねーさんが、泣いた。

エン    そんなに責めるように何回も言われないでも分かってますよ。

ユカリ  おねーさん泣いてた!

エニシ  おねーさん泣いてた。

エン    大丈夫です。縁は想い。例え思い出せなくなったとしても、忘れたとしても、心のどこかに想いは残る。
      聡子さんのお父さんに対する想いが本物であれば、いつかまた縁は繋がる。

ユカリ  切れた縁は戻らない!

エニシ  絶たれた絆は繋がらない。

エン    ええ、確かに絶たれたモノは元には戻りません。けれど、想いがあれば新たに繋がるものもあります。

ユカリ  新しい縁!

エニシ  新しい絆。

ユカリ  今度はちゃんと繋がるといいね!

エニシ  今度は絡まないといいね。

エン    そうですね。その時はきっと聡子さんが頑張るでしょう。
      さて、今日は少々疲れましたね。次のお客さんが来るまで少し寝ましょうか。

ユカリ  寝ましょう!

エニシ  寝ましょう。

ユカリ  おやすみなさーい!

エニシ  おやすみなさい。

エン    はい、おやすみなさい。
      …ではまた。ご縁があれば、お会いしましょう。






 
 
   
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